蚊はどうやって「刺す相手」を決めているのでしょうか?
体質のせい?それとも血液型?実は、蚊が「好む人」を選ぶ理由は、体質よりもむしろ私たちの日常的な行動に隠されているかもしれません。
オランダのラドバウド大学医療センター(Radboudumc)で行われた夏フェスを舞台にした最新の研究によって、ビールを飲んだ人や前の晩に誰かと一緒にテントなどで寝た人(論文では快楽主義者と比喩)は、蚊がより集まりやすいことが分かりました。
逆に、直前にシャワーを浴びて日焼け止めを前腕に塗った人は、蚊を遠ざけることが示されています。
なぜこのような要因が蚊に刺されるかどうかを左右するのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年8月26日に『bioRxiv』にて発表されました。
目次
- なぜ蚊に狙われやすい人がいるのか?
- 蚊に刺されやすいかは血液型や食生活によるのか?
なぜ蚊に狙われやすい人がいるのか?

蚊はどうやって「刺したい人」を決めているのか――そんな不思議な疑問を解明するため、研究者たちはとてもユニークな実験を行いました。
舞台となったのは、オランダで毎年8月に開かれる大規模な音楽フェスティバルです。
フェスといえば、大勢の人々が集まり、普段とは違う生活スタイルを楽しむ場です。
そこで、普段の実験室では難しい、「現実の生活に近い状況」を作り出すことが狙いでした。
この実験には465人もの参加者が協力しました。
参加者たちはまず、自分の健康状態や食事、衛生習慣(日焼け止めを使うかどうかやシャワーの頻度)、そしてビールを飲んだかどうかなど、非常に細かなアンケートに答えました。
また、「前の日の夜に誰かと一緒に寝たか」というちょっと変わった質問もありました。
ここで疑問に思うかもしれませんが、なぜ「誰かと一緒に寝たか」が重要なのでしょうか?
実は、誰かと近くで寝ると、体温が高くなったり汗をかいたりして、肌から出るにおい成分が増えることがあるからです。
そして、この「肌から出るにおい」は蚊が人を見つけるときの重要な手がかりになっているのです。
アンケートの後、いよいよ実験が始まります。
研究者は特設ラボに1,700匹もの「アノフェレス属」の蚊を用意しました。
アノフェレス属は世界中に広く分布し、人をよく刺すことで知られる蚊の種類です。
実験の方法はとてもシンプルです。
まず参加者は透明な容器の横に腕を置きます。
容器には細かな穴が開いていて、蚊はその穴から出てくる「におい」や「参加者の吐く息」を手がかりにして腕に近づいてきます。
実際に刺されるわけではなく、蚊が容器の壁に腕のほうへと着地する回数を、カメラを使って正確に数えました。
これを3分間続けて測定し、「蚊に好かれやすい人」を数字で表したのです。
その結果、非常に興味深い事実が明らかになりました。
まず、ビールを飲んだ人は飲んでいない人と比べて、蚊が1.35倍も多く寄ってくることがわかりました。
不思議なことに、参加者が飲んだアルコールの量(血中アルコール濃度)そのものは、蚊の好みに直接的な影響を与えませんでした。
つまり、蚊はアルコールそのものではなく、ビール特有のにおいや、飲んだ人の肌から出る何らかの特別な物質に反応している可能性があるのです。
さらに面白いことに、前夜に誰かと一緒にテントなどで寝ていた人も、ひとりで寝ていた人に比べて約1.34倍も蚊が寄りやすいという結果が得られました。
この結果から、「誰かと寝る」という意味深な行動も、意外なほど蚊を引きつけることがわかったのです。
(※研究論文では、「ビールを飲む」ことや「誰かと寝る」という点について具体的な言及はされていませんが、代わりに「快楽主義」という表現を使用しています。)
一方で、逆に蚊を遠ざける行動も発見されました。
実験によると、「直近にシャワーを浴び、その後に日焼け止めを前腕に塗った人」は、そうでない人よりも蚊に狙われる回数が約半分にまで減りました。
なぜ日焼け止めが効くのかという理由は、まだはっきりとは分かっていませんが、日焼け止めが肌のにおいを隠してしまったり、蚊の嫌う成分を含んでいたりする可能性があります。
では以前からよく言われてきた、血液型や食生活などの要因はどうだったのでしょうか?
蚊に刺されやすいかは血液型や食生活によるのか?

昔から蚊に刺されやすいと言われてきた要因は正しいのか?
研究ではその点についても調べられました。
例えば「O型の血液型は蚊に刺されやすい」という話を聞いたことがある人もいるでしょう。
しかし、この実験では参加者の血液型と蚊の寄りやすさとの間にはっきりした関係は見つかりませんでした。
また、食生活についても調べましたが、ベジタリアン(野菜中心の食生活の人)やヴィーガン(動物性食品をまったく食べない人)と、普通の食事をする人との間に、蚊の好みに明らかな違いはありませんでした。
同じく、男女の性別の違いも蚊の好みに影響を与えないことが分かりました。
こうした結果は、今までの「蚊に刺されやすい人は血液型や体質によるもの」という一般的なイメージとは異なっているため、非常に興味深いものです。
さらに研究者たちは、もう一歩踏み込んで、参加者たちの肌にいる微生物(皮膚マイクロバイオーム)にも注目しました。
人間の肌の表面には、目に見えないほど小さな細菌がたくさん住んでいます。
これらの細菌が出す物質が、肌のにおいを作り出すことが知られています。
実際に蚊は、この肌のにおいに強く引き寄せられるのです。
肌から採取した細菌を調べた結果、蚊に好かれやすかった人には「ストレプトコッカス(連鎖球菌)」という種類の細菌が比較的多いことが分かりました。
しかし、この結果には統計的な処理で完全には確かめられていない部分(未補正)もあります。
また、細菌の種類の豊富さ(多様性)についても、蚊に刺されやすい人と刺されにくい人の間には大きな差はありませんでした。
つまり「蚊が好む肌のにおい」は、単純に一種類の細菌が多いか少ないかだけで決まるほど単純ではなく、より複雑な仕組みが関わっている可能性が高いのです。
こうした中で、参加者465人のうち、蚊がまったく寄り付かなかったのはわずかに4人だけでした。
つまり、どんなに対策をしても、「絶対に蚊に刺されない人」はほんの一握りしかいないのです。
こうした結果を踏まえ、研究者たちは「夏やアウトドアの場では、日焼け止めを持ち歩くことが賢明だろう」とアドバイスしています。
確かに蚊よけスプレーも有効ですが、日焼け止めにも蚊が嫌う成分が含まれている可能性が示唆されているため、手軽に試せる有効な予防法となるかもしれません。
しかしその一方で、いくつかの限界や注意点も見逃せません。
まず最大の特徴である「音楽フェス」という環境は、参加者が非日常のテンションに包まれているだけでなく、普段よりも衛生や生活リズムが乱れやすい状況でした。
研究チームも認めている通り、参加者の多くは“科学に関心が高い”層に偏っており、しかも測定は昼間に限定されていました。
つまり、この結果がすべての日常生活や別の季節・国・年齢層にそのまま当てはまるとは言い切れません。
また、使われた蚊の種類はアノフェレス・ステファンシィのみであり、日本で一般的なヒトスジシマカやアカイエカなど、他の種では異なる結果が出る可能性があります。
さらにアンケート調査の内容も、一部は自己申告に頼らざるをえないため、飲酒量やシャワーのタイミングなどに多少の誤差が含まれているかもしれません。
それでも本研究は「なぜ自分だけ蚊に刺されやすいのか?」という多くの人の疑問に対し、大規模かつリアルな現場で正面から迫った点はやはり画期的です。
「蚊に刺されやすいかどうか」は特別な体質だけでなく、意外にも普段の行動や習慣によって大きく左右される可能性があることが示されたからです。
今回の研究が開いた「蚊にモテる/モテないの科学」の扉は、私たちの日常の行動を見直し、感染症リスク低減にもつながる新しい知識への第一歩になるはずです。
元論文
Blood, sweat, and beers: investigating mosquito biting preferences amidst noise and intoxication in a cross-sectional cohort study at a large music festival
https://doi.org/10.1101/2025.08.21.671470
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部