世界が「パッ」と一斉に明るくなった瞬間、何が起きるのでしょうか?
もし全人類が、地球上のあらゆる照明を同時につけたら?
この“光のビッグバン”のような瞬間には、いったいどのような影響が起きるのでしょうか?
これはただの空想ではなく、電力供給の仕組みや光がもたらす環境影響に関する重要な科学的問いでもあります。
この記事では、世界中の照明を一斉につけた場合に起こり得る「電力システムの反応」と「環境・生態系への影響」を、最新の知見に基づいてわかりやすく解説します。
目次
- 世界の電力網に起こる、想像を超えた負荷
- 星が消える夜:スカイグローの恐るべき代償
世界の電力網に起こる、想像を超えた負荷
私たちが何気なく照明のスイッチを入れるとき、その背後では驚くほど繊細なバランスが保たれています。
電力は貯めておいて使うものではなく、「必要なときに、必要なだけ」供給されるべきエネルギーです。
電気は、石炭や天然ガス、原子力、水力、風力、太陽光など、さまざまな方法で発電されます。
発電所で作られた電気は、送電線を通じて家庭やビル、工場へと運ばれていきます。
これが「送電網(パワーグリッド)」と呼ばれるシステムです。
この送電網では、需要と供給が秒単位で一致していなければなりません。
誰かが照明をつければ、その瞬間にどこかの発電機がその分の電力を供給しなければならないのです。
もしこのバランスが崩れると、停電やブラックアウトといった重大なトラブルが発生してしまいます。

では、もし全人類が一斉に照明をつけたらどうなるのでしょう?
当然、電力需要は爆発的に跳ね上がります。
発電所はそれに対応して即座に出力を増やす必要がありますが、これには限界があります。
たとえば石炭火力や原子力発電は、出力が大きい反面、起動や調整に時間がかかります。
一方、天然ガスを使った発電所は比較的すばやく反応できますが、供給量には制約があります。
再生可能エネルギーはというと、太陽光や風力は自然条件に左右されるため、瞬間的な需要に柔軟に対応することは難しいです。
このような急激な電力需要の増加は、送電網の制御システムにとって大きな試練となります。
電力系統運用者は、膨大なセンサーとコンピューターを使って常に需要を予測し、安定化を図っていますが、「世界中の照明一斉点灯」という極端な事態には、対応しきれない可能性があります。
ただし、ここで救いとなるのが2つの要因です。
まず、地球上には「単一の世界規模の送電網」は存在しません。
各国・各地域ごとに独立した電力網があり、たとえある地域で大規模な停電が起きても、他の地域に波及するとは限らないのです。
そしてもうひとつは、LED(発光ダイオード)照明の普及です。
LEDは従来の電球に比べて非常に効率がよく、少ない電力で多くの光を生み出します。
アメリカでは2020年時点で、家庭の約半数がLEDを主要な照明に使っており、年間約225ドルの節電効果があると報告されています。
つまり、同時に明かりをつけたとしても、消費される電力はかつてよりはるかに少なくなっているのです。
星が消える夜:スカイグローの恐るべき代償
電力網の負荷だけが問題ではありません。
「すべての明かりを一斉につける」とは、「世界を同時に照らす」ということでもあります。
その結果として起こるのが「スカイグロー(空の光害)」です。
これは都市部の上空に広がる、白く濁ったような明るさのことを指します。
大気中の水蒸気やチリに照明の光が反射し、夜空全体をぼんやりと照らしてしまう現象です。
スカイグローは、天体観測を難しくするだけでなく、星空を日常の風景から奪ってしまいます。
特に都市圏では、すでにほとんどの星が見えなくなっているという報告もあります。
問題はそれだけにとどまりません。
光害は私たち人間の健康にも悪影響を与えます。
人間の体には、光と暗さに応じて体内時計を調整する仕組みがあります。
夜間に明るい光を浴び続けると、このリズムが乱れ、睡眠の質が低下したり、ホルモンの分泌が狂ったりする可能性があります。

また、野生動物への影響も無視できません。
たとえばウミガメの子どもは、月明かりを頼りに海へ向かいますが、陸の人工照明の方が明るいと誤認して逆方向に進んでしまい、命を落とすこともあります。
昆虫や渡り鳥も、光によって方向感覚を狂わされることが知られています。
夜のオフィスや空に向けて照らす街灯、無人の駐車場など、私たちは気づかぬうちに“必要のない明かり”を大量に使っています。
もし世界中が一斉に明かりを灯したなら、その瞬間、空から星は消え、人や動物の体内リズムが乱れ、地球全体がまるで「夜を忘れた惑星」と化してしまうのです。
明かりの使い方を見直すとき
「電気をつける」という何気ない行動にも、実は大きなエネルギーシステムと環境への影響が隠れています。
仮に世界中の照明が同時につけられたとしても、停電が全世界に連鎖するような“終末シナリオ”は起きにくいかもしれません。
現代の電力インフラやLEDの普及が、それをある程度防いでくれるでしょう。
しかし、空の明るさ=スカイグローという代償は避けられません。
一斉点灯の夜には、誰も星を見上げることができず、静かに瞬いていた宇宙の光がすべてかき消されてしまうのです。
科学技術の進歩により、私たちはこれまでにない明るさと快適さを手に入れてきました。
けれどその一方で、夜の闇や星空といった、失われつつある「自然の光景」にも価値があることを、忘れてはならないのではないでしょうか。
今こそ、「明かりを灯す」という行為の意味を、もう一度見つめ直すときが来ているのかもしれません。
参考文献
What Happens if Every Light in The World Is Switched on at Once?
https://www.sciencealert.com/what-happens-if-every-light-in-the-world-is-switched-on-at-once
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部