西暦79年、ヴェスヴィオ火山の大噴火が古代ローマ都市ポンペイを一瞬で飲み込みました。
この大災害で多くの人命が失われ、ポンペイの街は火山灰と軽石に覆われたまま時間が止まった――そう私たちは思い込んできました。
しかし伊・ポンペイ考古公園(Parco Archeologico di Pompei)の最新調査によって、この「死の街」に人々が戻り、しかも400年近く暮らしていたことが明らかになったのです。
またそこは秩序だったローマ都市ではなく、盗人や放浪者、生活に困窮した人々が集まる、まるで無法地帯のような場所だった可能性があります。
目次
- 破滅後のポンペイに人々が戻っていた
- 無法地帯と化した街の姿
破滅後のポンペイに人々が戻っていた

ポンペイの南部地区「インスラ・メリディオナリス」で行われた修復と保存作業の最中、考古学者たちは意外な痕跡を発見しました。
それは噴火後に再び人が住み着いた証拠です。
火山灰に埋もれた建物の上階だけが露出し、そこに簡易的な住居が作られていました。
元々の地上階は灰に埋もれていましたが、建物内部からは下の階に降りることができ、そこは貯蔵庫や作業場として利用されていました。
実際、地下のようになった空間には暖炉やかまど、製粉用の臼が設置され、生活の営みがあったことがわかります。
戻ってきた人々は、噴火を生き延びたものの、他の土地に移る手段や金銭的余裕がなかった住民たちと見られます。
さらに近隣からやってきた定住地を持たない人々や、廃墟に眠る財宝を狙う者たちも加わっていました。
こうしてポンペイは、かつての整然とした都市ではなく、不安定で雑然とした集落のような姿へと変貌していきました。
考古学者ガブリエル・ズクトリーゲル氏によると、この再定住の痕跡は以前から存在していたものの、過去の発掘ではほとんど記録されず、灰の下の豪華な壁画や遺物を急いで掘り出す過程で取り除かれてしまったといいます。
新しい調査によって初めて、ポンペイの「死後の姿」が鮮明に浮かび上がってきたのです。
無法地帯と化した街の姿

噴火前のポンペイと隣町ヘルクラネウムの人口は、合わせて約2万5000人と推定されています。
これまでの発掘では1300人の遺体が見つかっており、これは全体の1割程度に過ぎません。
多くの住民は街の外で命を落としたと考えられますが、生き残った人々の中には他の町に移り住んだ者もいれば、再びポンペイに戻る道を選んだ者もいました。
彼らの目的は単なる生活の再建だけではありませんでした。
廃墟の地下を掘れば、噴火当日に置き去りにされた宝飾品や高価な日用品が見つかる可能性がありました。
しかし同時に、そこでは腐敗した遺体と遭遇する危険もあったのです。
こうした状況は、計画的な都市運営とは程遠いものでした。
公共インフラや法的秩序は失われ、住人たちは自分の力で資源を探し、身を守るしかありません。
ズクトリーゲル氏は、当時のポンペイを「都市というより、まだ廃墟の形を残すファヴェーラ(スラム街)」と表現しています。
そこでは盗人や放浪者が入り混じり、灰に覆われた街をあさる――そんな日常が続いていたと考えられます。
ローマ皇帝ティトゥスは、ポンペイとヘルクラネウムの再建を試み、元執政官を派遣して無秩序を収めようとしました。
しかしこの計画は失敗し、街は噴火前の繁栄を取り戻すことはありませんでした。
再定住は西暦5世紀(約400年間!)まで続いたものの、最後は「ポッレーナの噴火」と呼ばれる別の火山活動をきっかけに完全に放棄されたとみられます。
私たちが知る「時が止まったポンペイ」は、実はその後も400年近く、人々の営みと混乱が続いた街でした。
そこはローマの秩序を失った灰色の集落であり、古代の廃墟を舞台にした、もう一つの歴史が息づいていたのです。
参考文献
After Mount Vesuvius erupted, Romans returned to Pompeii and stayed for 400 years — but it was likely anarchy
https://www.livescience.com/archaeology/romans/after-mount-vesuvius-erupted-romans-returned-to-pompeii-and-stayed-for-400-years-but-it-was-likely-anarchy
Pompei fu rioccupata dopo la distruzione del 79 d.C. – Emergono nuove tracce dal cantiere dell’Insula Meridionalis
https://pompeiisites.org/comunicati/pompei-fu-rioccupata-dopo-la-distruzione-del-79-d-c-emergono-nuove-tracce-dal-cantiere-dellinsula-meridionalis/
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部