ジンベエザメは世界最大の魚類でありながら、他のサメと違って、実に穏やかな海の巨人です。
そんな中、アメリカ海洋漁業局(NMFS)は、メキシコ湾北部の海域で、ジンベエザメとしては初となる「重度の脊柱変形」を患った個体を発見したと報告しました。
背骨が大きくS字状に曲がり、見た目にも明らかな異常を抱えながら、ジンベエザメは果たしてどのように生き抜いていたのでしょうか?
研究の詳細は2024年12月5日付で科学雑誌『Journal of Fish Biology』に掲載されています。
目次
- 背骨の曲がったジンベエザメを確認
- なぜ背骨が曲がったのか? 巨体に与える影響と生存戦略
背骨の曲がったジンベエザメを確認
調査チームは2010年と2013年に、メキシコ湾北部の「Ewing Bank」と呼ばれるエリアで、異様な姿のジンベエザメと遭遇しました。
その個体は体長6メートルほど。
通常なめらかな体形のはずが、背中から尾にかけて大きく“S字”に曲がり、横から見ると明らかに脊椎が変形しているのがわかります。
【実際の個体の画像がこちら】
この変形は、専門的には「後側弯症」と呼ばれる、複数方向への異常な曲がり方でした。
研究チームはこの個体に衛星タグを装着し、98日間にわたりその動きや生態を追跡しました。
しかし驚くべきことに、重度の変形を抱えたこのジンベエザメは、普通の個体とほぼ変わらぬ生態を見せていました。
タグの記録によれば、約3カ月間で2000キロメートル以上もの長距離をメキシコ湾内で移動していたのです。
また、研究者たちはこの個体が他のジンベエザメと同じように、水面で魚の卵を摂食する様子も観察しました。
つまり、変形があってもジンベエザメ本来の「ろ過摂食者」としての暮らしをきちんと維持できていたといえます。
なぜ背骨が曲がったのか? 巨体に与える影響と生存戦略
野生のサメ類では、これまでにもさまざまな脊椎変形(側弯、後弯、癒合など)の報告例がありますが、ジンベエザメのような超大型種での発見は今回が初めてです。
変形の原因について、研究チームは主に二つの可能性を挙げています。
一つは「先天性(生まれつき)」の骨格異常、もう一つは「幼少期の外傷(船との衝突や漁具絡まりなど)」による後天的な損傷です。
しかし、観察された個体には外傷の痕跡や傷跡が見られず、斑点パターンの乱れもなかったことから、今回のケースはおそらく先天的なものだと考えられます。
【実際の個体の画像がこちら】
通常、脊椎の変形は泳ぐ際の水の抵抗を増やし、速く泳ぐ能力を大きく損ないます。
しかしジンベエザメは、カツオやマグロのような高速で獲物を追う生活ではなく、ゆったりと海を移動しながらプランクトンや魚の卵をろ過して食べる「フィルターフィーダー」です。
この独特の生活スタイルが、たとえ背骨に異常があっても、比較的影響を受けずに成長し、長距離の移動も可能にしていたと推察されます。
今回の発見は、ジンベエザメが示す“しなやかな適応力”を裏付けるとともに、海洋大型動物の生存戦略に新たな視点を与えてくれます。
参考文献
Scientists Spot The First-Ever Giant Whale Shark With Severe Spinal Deformation Off US Coast
https://www.iflscience.com/scientists-spot-the-first-ever-giant-whale-shark-with-severe-spinal-deformation-off-us-coast-80867
元論文
Spinal deformity in a whale shark, Rhincodon typus (Smith 1828), encountered in the northern Gulf of Mexico, with notes on its movement patterns
https://doi.org/10.1111/jfb.16012
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部