このほど、北海道北部の中川町で、約1億1500万年前(前期白亜紀)の琥珀が大量に発見され、その中から多様な生物の化石が見つかったと発表されました。
顕微鏡でのぞき込むと、そこには現代の動植物とはまったく違う、進化の途上にあった植物や昆虫、そして菌類たちの姿が、鮮やかに浮かび上がッています。
琥珀の中に閉じ込められた微細な世界は、まるで「地球史のタイムカプセル」。
この発見はどれほど特別で、どんな可能性を秘めているのでしょうか。
研究の詳細は北海道大学により、2025年9月26日付で科学雑誌『Cretaceous Research』に掲載されています。
目次
- 1億年前の森から届いたメッセージ、なぜ琥珀は貴重?
- 津波が運んだ「奇跡の保存庫」
1億年前の森から届いたメッセージ、なぜ琥珀は貴重?
琥珀は、樹木が分泌した樹脂が何百万年もの時を経て化石化したものです。
じつは、この琥珀こそが、通常なら残ることのない小さな虫や花、菌類などの「命の一瞬」を奇跡的に閉じ込めてきました。
これまでも世界各地で化石入りの琥珀は発見されてきましたが、その多くは1億年前より新しい、いわゆる“後期白亜紀”以降のものばかり。
たとえば、ミャンマーのカチン州(約9900万年前)、バルト海沿岸(約4000万年前)、日本国内では岩手県久慈市(約8600万年前)のものが有名です。
しかし、1億1500万年前、つまり「前期白亜紀」と呼ばれる時代の琥珀で、しかも大量に化石を含む例は世界的にもきわめて稀です。
なぜなら、古い時代の琥珀は地層の変動や風化によって失われやすく、現代に残ること自体が珍しいからです。
しかも前期白亜紀は、植物や生態系にとって劇的な転換期でした。
それまで地球の森を支配していた裸子植物に代わり、花や実をつける被子植物が台頭し始める“進化の大事件”の真っ只中。
この時代の琥珀を詳しく調べることができれば、私たちが現在目にする森や生態系がどのように形作られていったのか、その手がかりを得ることができるのです。
津波が運んだ「奇跡の保存庫」
今回、北海道中川町の下中川採石場から発見された琥珀の地層は、なんと深海堆積層の中にありました。
いったいなぜ、陸上の樹脂が深海まで届いたのでしょうか?
研究チームは、巨大な津波が樹脂の塊を一気に海底まで運び、そこで堆積したと推定しています。
現地調査で集められた琥珀は合計30kgにも及び、そのうち4kg分が光学顕微鏡で詳しく調べられました。
その結果、琥珀の中には驚くほど多様な生物化石が保存されていることが判明したのです。
たとえば、花粉や植物の毛状組織、ハチやダニといった昆虫や節足動物の仲間、さらに菌類など――。
これらの化石は肉眼では見えないμm(マイクロメートル)レベルの微細な構造まで、立体的に保存されています。
特にハチやダニは2個体ずつ、非常に良好な状態で発見され、その口器や感覚器の細部まで観察できました。
植物の花粉や毛も、琥珀となった樹脂を出した木の特徴を示す重要な手がかりとなります。
【実際の画像がこちら】
このような“高精細な化石保存”が可能なのは、まさに琥珀ならでは。
今回の発見は、これまで空白だった前期白亜紀の生態系を復元する「ピース」を埋める重要な成果と言えるでしょう。
また、今回調査した琥珀は、地層に含まれるごく一部にすぎません。
今後さらに大規模な調査や分析が進めば、まだ見ぬ新種の生物や、当時の生態系の全体像がより明らかになることが期待されます。
微細な構造から得られる情報は、単なる新種の発見だけでなく、太古の環境や生物同士の関係まで深く掘り下げる材料となるはずです。
参考文献
北海道中川町で化石を含む琥珀を大量発見~世界的にも希少な太古の陸上生態系の記録~
https://www.hokudai.ac.jp/news/2025/10/post-2088.html
元論文
A new amber Lagerstätte from the Lower Cretaceous of Japan
https://doi.org/10.1016/j.cretres.2025.106236
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部