光学システムにおける「ワームホールと多重現実」を構築することに成功

ワームホール

中国の南京大学(NJU)および香港科技大学(HKUST)の共同研究により、1つの人工素材内に2つの「光学的平行現実」を共存させることに成功しました。

研究ではではまず特殊な光子の「ワームホール効果」が確かめられ、この特性を利用して光を見えないトンネルで誘導し、同じ場所に置かれた2種類の光学的現実が互いに干渉せずそれぞれ独立して存在するという光学的現象が実証されました。

この現象は、SFでしばしば描かれる「多重平行世界」や「ワームホール(時空をつなぐ架空の近道)」を光学レベルで再現したものと位置づけられています。

将来的には、物理空間の常識的な制約を超え、1枚のフォトニックチップ上に複数の光デバイスを干渉なしに重ねて統合するといった新次元の応用につながる可能性があると期待されています。

一体どのようにして、そんな不思議な現象を実現したのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年10月7日に『Nature Communications』にて発表されました。

目次

  • 「透明マント」から「現実の相部屋」まで、光学の新常識
  • 1枚の板で起きた「多重現実」の実証実験
  • 「三重現実」「四重現実」も視野に?次の展開とは

「透明マント」から「現実の相部屋」まで、光学の新常識

「透明マント」から「現実の相部屋」まで、光学の新常識
「透明マント」から「現実の相部屋」まで、光学の新常識 / Credit:Canva

えない道で光を運び、ひとつの物質に2つの現実を宿す――そんな夢のような干渉ゼロの「相部屋」は実現可能なのでしょうか。

例えば同じ部屋に2人がいてもお互い全く見えないとしたら不思議ですよね。実は私たちが暮らす三次元空間には、本来こうした「重なり合う別世界」は存在しません。

多元宇宙(パラレルワールド)やワームホール(遠く離れた場所を繋ぐ仮想的な抜け道)といったアイデアは古くから科学者やSFファンを魅了してきましたが、物理的な次元の制約により実験で証明するのは長らく困難でした。

たとえ同じ空間に複数の現実(出来事)を無理矢理同居させたとしても互いに影響しあい、1つの現実に統合されてしまうからです。

しかし近年、「メタマテリアル」という人工的に設計された特殊な材料が登場したことで、光学の常識が次々と覆されるようになりました。

「メタマテリアル」とは、自然界には存在しないような特殊な構造を、人間が精密に設計して作り出した材料のことを指します。

普通の素材では、光は直進するか、ガラスのように屈折したり反射したりする程度のことしかできません。

しかしメタマテリアルは、内部に微小な構造を作り込むことで、光をまるで自由自在に操るかのような、驚くべき性質を引き出すことができます。

例えば、光の通り道を意図的に曲げたりねじ曲げたりすることで、ある物体をまるで「見えない」ように隠してしまうことも可能になりました。

これは通称「透明マント効果」とも呼ばれ、かつてはSF映画や小説の中でしか想像できなかった「姿を消すマント」を、光学の実験室で小さなスケールながらも(背景例として)実現してしまったというわけです。

とはいえ、「同じ場所に異なる現実を二つ作る」ような芸当は実験で証明するのが極めて難しいものでした。

そこで注目されたのが「遠く離れた部分同士も影響し合う特殊な材料(非局所的材料)」です。

コラム:非局所的な人工素材とは何か?

ふつう私たちは、ある場所に起きる出来事は、その場所にあるものだけに影響されると考えています。例えば自分の部屋の電気をつけるとき、そのスイッチを押さない限り部屋の電気はつきません。隣の家や遠く離れた場所で誰かがスイッチを押しても、自分の部屋の電気が勝手につくことはないでしょう。ところが、「非局所的な人工素材」という特殊な材料の世界では、この常識が少しだけ変わります。「非局所的」とは、「その場所だけに限らない」という意味を持ちます。言い換えれば、遠く離れた場所にある構造や仕組みが、その素材の中の別の部分に影響を与えることがあるのです。この人工素材は全体が非常に細かく精密に設計されたパターンや格子構造を持っていて、素材全体で光や電波などの波の状態を決めています。そのため、素材のある場所に波が入ってきたとき、その波は素材の別の場所にある構造からの影響も受け、全体のバランスが決まってしまうのです。まるで遠くにいる友達が縄跳びの片端を揺らしたとき、反対側にいる自分の手元にもその振動が伝わってくるような感覚です。つまり非局所的な人工素材とは、素材全体がつながり合っていることで、私たちが普段イメージしにくいような、不思議な光学現象を起こせるように設計された特別な材料なのです。

研究者たちはこの非局所的材料を駆使し、ある大胆な仮説を検証しました。

それは「1つの物理的な空間に、互いに独立した2種類の光学的現実(出来事)を同時に作り出せるのではないか?」というものです。

もしそれが可能なら、1つの素材の中で2つの光学デバイスが別々に作動し、まるで別々の次元に存在するかのように振る舞うはずです。

果たして、本当にそんな光の多重並行世界(フォトニック多重世界)やワームホールのようなものを、実験室で再現できたのでしょうか?

1枚の板で起きた「多重現実」の実証実験

1枚の板で起きた「多重現実」の実証実験
1枚の板で起きた「多重現実」の実証実験 / Credit:赖耘、彭茹雯、王牧和CT Chan团队首次实现光子“平行空间”与“虫洞”

まず研究チームは光学実験において、光を「見えない道」で運び、一枚の素材の中に「二つの現実」を共存させることに挑みました。

用いたのは細かな人工構造からなる特殊な板状のメタマテリアルです。

この人工素材は、光が入る素材の端が異なると内部で全く違う光の状態を起こすよう設計されています。

例えば人工物質の入口Aから入る光には「状態A」として、入口Bから入る光には「状態B」として振る舞う二面性を持つのです。

研究者らはこの巧妙な素材によって、入口の違いだけで内部に見える世界が変わる光学系を作り上げたといいます。

次に行われた実験では、2つの驚くべき現象がデモンストレーションされました。

1つ目は「光子ワームホール」と呼ばれる現象です。

研究者が作った細長いメタマテリアルの長い側から光を当てると、素材の中でまるで入れられた光が消えてしまったかのように見えなくなります。

一方で短い側面から光を入れた場合、光はまるで素材を通らなかったかのように反対側から出ていきます。

つまりこのメタマテリアルの内部には「短い側から入った光専用の隠れたトンネル」が存在しており、外からは光が通っていることをほとんど検知できないという現象が起きています。

この現象は、入って行った光が中間過程が確認できず出口から飛び出てくるという点で、ある種のワームホールのような振る舞いにたとえられます。

といっても多くの人は「単なる箱に穴をあけて通すのと同じでは?」と思うかもしれません。

暗い箱にボールを入れて出てくる様子を見て「暗い箱をワームホールと呼ぶのはいかがなものか?」と疑問に持つ人もいるでしょう。

しかしこの「ワームホール効果」が単なる箱と違うのは、外から中をのぞいても通過する光そのものが観測されない点にあります。

箱の場合は簡単に中を通過するボールを覗き見ることができますが、このメタマテリアル内部での光子の様子を知ることがでず、光がどのように通っているかを外部から見ることはできません。

そして光は内部の特殊な通路で静かに進み、位相のずれがほとんどないまま出口へと抜けます。

つまりこれは物理的な穴ではなく、「外からは見えない透明な抜け道」なのです。

続いて、同じ人工素材の技術を使って「光学的な多重現実」が実証されました。研究チームは別の設計により、1枚の板の中に「ボートの形をした物体」と「樹木の形をした物体」という、異なる2種類の光を散らす物体を閉じ込めました。

実験では、この人工素材の一方の境界から光(マイクロ波)を当てると、あたかも中にボート型の物体があるかのように光が散乱されました。

一方、反対側の境界から光を当てると、今度はボートの影響は現れず、代わりに樹木型の物体があるかのような散乱パターンが観察されました。

さらに別の例では、同じ板が片側で凸レンズ、逆側で凹レンズとなる設計も示されています。

このように入口(境界)を切り替えるだけで、1つの素材が全く異なる光学デバイスとして働くのです。

重要なのは、こうした二重の光学効果が同じ板の中で同時に存在しているにもかかわらず、お互いに影響を与えないことです。

研究者らは「それはまるで、1つの素材の中に2つの光学的現実を宿しているようなものです」と述べています。

実験では、一方から入った光は船だけが存在するかのように散乱し、逆の側から入った光は木だけがあるように散乱しました。

通常なら、1つの素材に2種類の形を入れると、どの方向から光を入れても両方の影響が混ざります。

しかしこのメタマテリアルでは、入口が違うだけで見える景色がまったく異なるのです。

言い換えれば、同じ場所に置かれた船と木が別の次元にあるかのように互いに干渉せず機能したことになります。

この効果によって「フォトニック多重現実」(光による複数の現実)が実験で確認され光学的に1つの場所に異なる2つの現実が並び、互いを邪魔せずに動作できることが確かめられました。

ではなぜ入口の違いが見える現実を別のものにしたのでしょうか?

その答えはメタマテリアルの仕組みにあります。今回の素材は、内部のそれぞれの経路が互いに干渉しないよう、精密に調整されています。

そのため、それぞれの経路がまるで外部とは隔離された秘密の通路のように働き、互いに存在を感じさせないまま別々に機能するのです。

言い換えると、このメタマテリアルの中では、入口ごとに分かれた「専用の現実」が同時に作られており、それぞれが独立して動作しているというわけです。

「三重現実」「四重現実」も視野に?次の展開とは

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Credit:Canva

今回の研究により、SFで語られてきた「平行空間」や「ワームホール」といった概念を光の世界でたとえとして再現する実験に成功しました。

研究者たちは「実際に本物のワームホールやマルチバース(多元宇宙)を作ったわけではない」と明言し、これは光のふるまいがそう見えるように設計された“工学的な再現”であると説明しています。

つまり、これまで空想上の不思議な現象と思われていたものを、実験室の中で確かめられる具体的な素材や装置に変えたという点が大きな進歩なのです。

この方法は、実際の宇宙のワームホールを理解する手がかりになる可能性もあります。

さらにこの成果を応用すれば、新しい展開が考えられます。

1つの物理空間に複数の光の現実を干渉させずに並べて存在させられるということは、これまで一緒に置くと性能が落ちてしまった光学機能を、互いを邪魔せずにまとめる道を開いたことを意味します。

研究者たちは、この手法によって「かさばる光学系や限られた機能性、相互干渉といった課題を克服する新しい設計の道が見えてきた」と述べています。

また、この方法は光以外の波(たとえば音波や電子の波など)にも応用できると論文で示されています。

非局所的な構造という新しい自由度を使えば、これまで別々にしか作れなかった光の装置を1つのチップにまとめ、複雑な光回路やフォトニックデバイスの小型化が進むと考えられます。

高次元物理の効果を模倣して実験できるという点でも、この研究は「次元の壁を越えた設計」への第一歩といえるでしょう。

さらに現在は2つの並行空間(入口2つ)でしたが、素材の構造をより対称的に設計すれば、3つ以上の独立した光空間を作り出すことも理論上可能と論文は述べています。

つまり「三重現実」や「四重現実」も、設計しだいで再現できるかもしれないのです。

SF的な発想を実験で検証できるレベルにまで高めたという点で、この研究は光学だけでなく、現代物理全体に新しい考え方をもたらす成果だといえるでしょう。

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参考文献

赖耘、彭茹雯、王牧和CT Chan团队首次实现光子“平行空间”与“虫洞”
https://www.nju.edu.cn/info/1067/443041.htm

元論文

Nonlocality-enabled photonic analogies of parallel spaces, wormholes and multiple realities
https://doi.org/10.1038/s41467-025-63981-3

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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