かつて日本の武士たちは「立つ・座る・歩く」といった日常動作を礼法に従って、反動をつけずにゆっくりと行っていました。
見た目には効率が悪いとも思える所作ですが、実はその動きが現代人の健康に役立つことが最新の研究で明らかになりました。
東北大学の研究チームは、この礼法に基づいた動作を1日5分取り入れるだけで、3か月後には脚の筋力が平均25%以上も向上することを発見したのです。
高齢期に問題となる足腰の衰えを、武士の所作が救うかもしれません。
研究の詳細は2025年の学術誌『The Tohoku Journal of Experimental Medicine』に掲載されています。
目次
- 足腰が自然と鍛えられる「武士の所作」
- 1日5分で足腰が強化
足腰が自然と鍛えられる「武士の所作」

年齢を重ねると誰もが直面する問題のひとつに「脚腰の筋力低下」があります。
特に膝を伸ばす力(膝伸展筋力)は、歩行や立ち上がり、階段の昇降などに欠かせないものですが、高齢になるにつれて大きく衰えていきます。
この筋力の低下は、転倒や寝たきりのリスクを高め、生活の質を大きく損なう要因となります。
もちろん、筋力を維持・改善するための科学的に裏付けられたトレーニング方法は数多く提案されています。
しかし実際の生活に取り入れるとなると、時間や費用の負担、継続の難しさといった壁が立ちはだかります。
ジムに通う、専用器具を揃えるといった方法は確かに効果的ですが、多くの人にとって続けるのは簡単ではありません。
一方で、かつての日本の生活様式を振り返ると、日常の中で自然と足腰を鍛える機会が多く存在していました。
正座からの立ち上がり、敷き布団での起き上がり、和式トイレの使用などは、いずれもしゃがむ動作を伴い、脚の筋肉を使うものでした。
しかし生活の西洋化が進み、椅子やベッド、洋式トイレが一般化したことで、そうした機会は大きく減少しました。
この点で注目されるのが、日本の伝統文化として受け継がれてきた「礼法」です。
礼法では「立つ・座る・歩く」といった日常の動作を反動をつけずにゆっくりと行うことが重視されます。
一見すると非効率に思える動作ですが、実際には足腰の力を保つための工夫でもありました。
しかし、こうした動作が筋力や体力に与える効果を科学的に検証した研究は、これまで行われてきませんでした。
1日5分で足腰が強化
そこで研究チームは、礼法に基づいた動作が実際に脚の筋力を強化するのかどうか、調査を実施。
対象となったのは礼法の経験がない20歳以上65歳未満の健康な成人34名で、彼らを礼法トレーニング群とコントロール群に分けました。
礼法トレーニング群では、1日わずか5分程度の運動を週4日以上、3か月間続けました。
その内容は、椅子からの立ち座り動作を10回、そしてしゃがんで立ち上がる動作を10回行うものです。
さらに3週目以降は回数を12回に増やしました。
どちらの動作も、礼法に基づき「上体を大きく前に倒さず、一定の速度でゆっくり行う」という点が特徴です。

一方、コントロール群は特別な運動をせず、普段通りの生活を送りました。
そして3か月後、膝伸展筋力を測定した結果、礼法トレーニング群では平均25.9%もの筋力向上が確認されました。
これに対してコントロール群はわずか2.5%の増加にとどまり、明確な差が示されたのです。
この成果は、礼法を取り入れたトレーニングが「短時間」「低負担」でありながら「効果的」な方法であることを科学的に裏付けました。
特に1日5分という短い時間で取り組める点は、多忙な現代人や運動が苦手な人にとって大きな利点です。
今後は、このトレーニングを高齢者になる前から生活に取り入れることで、将来の筋力低下や転倒リスクを予防する手段として活用されることが期待されます。
椅子に座る、しゃがむといった動作は日常生活の中で繰り返し行われるものです。
その動作を礼法の所作に置き換えるだけで、自然に足腰を鍛えることができるのです。
また、この研究は文化的な意義も持っています。
日本の伝統文化である礼法を科学的に評価し、その健康効果を明らかにしたことは、国内外から注目される新しい健康資源につながる可能性を示しています。
文化と科学が融合することで、健康づくりの選択肢が広がるのです。
参考文献
武士の日々の所作で脚力が強化する 1日わずか5分で高齢期の筋力低下を防ぐ効果に期待
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2025/09/press20250901-02-Samurai.html
元論文
A Traditional Japanese Samurai Movement Rei-ho as a Knee Extension Strength Training: A Randomized Controlled Study
https://doi.org/10.1620/tjem.2025.J099
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部