ビンロウの実は、カフェイン、アルコール、タバコ(ニコチン)に次いで、世界で4番目に多く使用されている精神活性物質です。
東南アジアや太平洋諸島では現在でも広く噛まれており、「気分が高揚する」「リラックスできる」嗜好品です。
そんなビンロウ文化に関して、驚くべき考古学的発見が報告されました。
タイのチェンマイ大学(Chiang Mai University)の研究チームは、タイ中部ノン・ラチャワット遺跡に埋葬されていた女性の歯石から、ビンロウ特有の精神活性成分を検出。
これは、4000年前から人類がビンロウを使用してきた科学的証拠です。
この研究成果は、2025年7月31日付の『Frontiers in Environmental Archaeology』誌で発表されました。
目次
- 嗜好品ビンロウはいつから好まれていた? 歯石から“証拠”が得る取り組み
- 1人の女性の歯石から明らかになった「4000年前の嗜好」
嗜好品ビンロウはいつから好まれていた? 歯石から“証拠”が得る取り組み

ビンロウ(学名:Areca catechu)は、太平洋・アジア、東アフリカなどで見られるヤシ科の植物です。
そして嗜好品としてのビンロウ(またはビンロウの実、ビンロウジ)は、この種子を指します。
ビンロウの種子を細かく切ったりすり潰したりしたものをキンマの葉で包み、石灰ペーストとともに噛むことで、軽度の覚醒作用や多幸感を得ることができます。
噛むことで赤い唾液が出るため、使用者の歯や唇は赤く染まるのが特徴です。
この嗜好品は、単なる娯楽ではなく、社交や儀礼の場でも使われてきました。
インドや台湾、パプアニューギニアをはじめとするアジア・太平洋地域で長い伝統を持ち、現代においても多くの人々が日常的に利用しています。
一方で、長期使用によって喉頭がんや代謝障害などの健康リスクも報告されており、依存性もあることから、現在では多くの国で使用の是非が議論されています。

今回の研究の注目点は、人類がいつからビンロウを使用していたのかという起源を、歯石という“ミクロの証拠”から突き止めたことにあります。
歯石は、唾液や食物の成分が歯に付着し、長期間の間に石灰化して固まったものです。
この中には、当時の食物や薬草、嗜好品の成分が微量ながら閉じ込められており、まるで「古代のUSBメモリ」のようです。
そこで研究チームは、現代の材料(乾燥ビンロウ、キンマの葉、石灰ペースト、セネガリアの樹皮、タバコ葉など)を用い、人の唾液で混ぜ合わせたものを再現。
これを噛んだ状態に模してすり潰して分析。基準となる化学データを作成しました。
そして、ノン・ラチャワット遺跡から出土した6体の人骨(約4000年前)の歯石36サンプルを採取し、同様に分析しました。
1人の女性の歯石から明らかになった「4000年前の嗜好」

分析の結果、1人の女性の奥歯3本から採取された歯石サンプルに、現代のビンロウ咀嚼の基準と一致する化合物が検出されました。
検出されたのは、ビンロウに含まれる精神活性化物質アレコリンおよびアレカイジンです。
これらは咀嚼によって唾液とともに口腔内に広がり、継続的な使用によって歯石中に取り込まれると考えられています。
つまり、この女性は一時的に試しただけではなく、繰り返しビンロウを嗜んでいたのです。
これは、歯石分析という新たな技術によって、考古学的に「見えなかった文化行動」を可視化した好例であり、古代人の生活実態に深く迫る画期的な成果です。

この研究は、人類が約4000年前からビンロウが使用してきたことを明らかにしました。
そして、「誰がどのような習慣を持っていたのか」といった情報を個人単位で明らかにでた点でも注目に値します。
またこの手法は、将来的に他の精神活性植物(タバコ、大麻、コカなど)や薬用植物の使用実態の解明にも応用できると期待されています。
人類はどんな植物と出会い、それをどう使い、何を感じてきたのか。
歯石というタイムカプセルを通じて、私たちは過去の人々の“日常の感覚”に触れることができるのです。
「人類は4000年も前から“ハイ”になってきた」
そう考えると、今も昔も“気持ちよさ”を求める本能は、あまり変わっていないのかもしれません。
参考文献
4,000-year-old teeth reveal just how long we’ve been getting high
https://newatlas.com/society-health/bronze-age-betel/
Ancient Thai teeth show we’ve been getting a buzz from betel nuts for at least 4,000 years
https://www.scimex.org/newsfeed/ancient-thai-teeth-show-weve-been-getting-a-buzz-from-betel-nuts-for-at-least-4-000-years
元論文
Earliest direct evidence of bronze age betel nut use: biomolecular analysis of dental calculus from Nong Ratchawat, Thailand
https://doi.org/10.3389/fearc.2025.1622935
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部