今日、私たちは「睡眠は1回で取る」というのが一般的となっています。
その一方で、夜中にふと目が覚めて、時計を見るとまだ深夜2時や3時。「このまま眠れなかったらどうしよう」とか「睡眠の質が悪いのかな」と不安になる人は多いかもしれません。
しかし、この「途中で1回目が覚める」のは、異常でも現代病でもなく、かつての人類全体の習慣の名残である可能性があります。
というのも、人類はごく最近まで、1晩を「2回」に分けて眠るのが普通だったからです。
では、なぜこの習慣はなくなり、睡眠は1回で取るという習慣に取って代わったのでしょうか?
目次
- かつて人類は「夜に2回眠る」のが普通だった
- なぜ「2回睡眠」は消えたのか?
かつて人類は「夜に2回眠る」のが普通だった
現代人にとって「睡眠はまとめて1回で取る」のが常識となっていますが、それは意外にも新しい習慣です。
歴史をひもとくと、人類の多くは何千年ものあいだ、1晩の睡眠を「2回」に分けてとる分割睡眠が当たり前でした。
この分割睡眠は「ファーストスリープ(最初の睡眠)」と「セカンドスリープ(2回目の睡眠)」と呼ばれ、まず日が暮れてから数時間寝た後、夜中に一度目覚めて1時間ほど過ごし、再び朝まで眠るというパターンが一般的でした。
この「夜中の目覚め」は何も特別な現象ではありません。
ヨーロッパ、中東、アフリカ、アジアなど、さまざまな地域の歴史記録や文献に「最初の眠りの終わり」「二度目の眠り」といった表現が登場します。
たとえば、古代ギリシャのホメロスやローマ詩人ウェルギリウスも「最初の睡眠の終わりの時刻」について記しています。
では、その“真ん中の時間”に人々は何をしていたのでしょうか?
ある人は火の番や家畜の世話など家事をこなし、またある人はベッドに横になったまま祈りや瞑想をしたり、直前に見た夢を振り返ったりしていました。産業革命以前の手紙や日記には「夜中に起きて本を読んだ」「静かに家族と話した」「隣人とこっそり会話を楽しんだ」といった記録も残っています。
さらに興味深いのは、多くの夫婦がこの夜中の覚醒タイムを親密な時間に使っていたことです。
夜を2回に分けることで、生活に自然なリズムと“区切り”が生まれ、特に冬の長い夜には「真ん中に明確な休憩」があることで、だらだらとした不安や孤独感を和らげていたと考えられます。
実際、人工照明も時計もない環境で生活する実験を行うと、多くの人は数日でこの「2回に分かれた睡眠」パターンに自然と戻ることが知られています。
2017年のマダガスカル農村の調査でも、電気のない集落の多くの人々が「夜中に一度起きてまた寝る」という伝統的な睡眠習慣を続けていたことが確認されています。
なぜ「2回睡眠」は消えたのか?
では、なぜ現代の私たちは「夜に一度目覚める」ことに不安を感じ、「ぶっ通しで眠る」ことを目指すようになったのでしょうか?
その背景には、ここ200年ほどで急速に進んだ「社会と生活の変化」があります。
最大の要因は、人工照明の普及です。
18世紀後半から19世紀にかけてオイルランプ、ガス灯、やがて電灯が登場し、夜の時間を“活動的な時間”へと変えてしまいました。
それまでは日没とともに眠るしかなかった人々も、夜遅くまで明るい部屋で読書や仕事をするようになり、自然な眠気のサイクルが崩れはじめました。
生物学的には、夜の明るい光が脳内の「体内時計(サーカディアンリズム)」を遅らせ、寝る前の光が眠気ホルモンであるメラトニンの分泌を抑えてしまいます。
その結果、「夜に1回起きてまた寝る」というリズムが消えていき、「6〜8時間ぶっ通しで眠る」現代型の連続睡眠へとシフトしていったのです。
さらに産業革命が人々の働き方も大きく変えました。
工場のシフト勤務や都市生活の拡大により、「まとまった8時間の休息」が奨励されるようになりました。
20世紀初頭には、睡眠の医学・産業衛生の観点からも「連続した8時間睡眠」が“理想”とされるようになり、かつての2回睡眠のリズムはほぼ姿を消しました。
しかし、現代社会でも冬の長い夜や強いストレス下では、かつての2回睡眠が顔をのぞかせることがあります。
極地の長い冬や光の手がかりが乏しい環境では、時間感覚がずれやすくなり、1晩を“前半・後半”で体験する人もいるのです。
そして最近の研究では「夜中に目覚める」のは脳の正常な働きであり、睡眠サイクルの一部であることがわかってきました。
不眠症治療でも「眠れないままベッドで悩むより、一度起きて静かに過ごし、眠くなったら戻る」ことが勧められています。
「連続した8時間睡眠」という現代の“常識”は、実は近代の産物であり、人類の本来のリズムはもっと多様だったのです。
参考文献
Humans Used to Sleep Twice Every Night. Here’s Why It Vanished.
https://www.sciencealert.com/humans-used-to-sleep-twice-every-night-heres-why-it-vanished
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

