深海とは水深200メートルより深い海域を指し、地球表面の66%を占める最大の生態系です。
特に深海底は多様な生態系を維持しながら、酸素の供給や気候調整を行い、地球の健康を保つうえで欠かせない役割を担っています。
しかし米スクリップス海洋研究所(SIO)らの最新調査で、人類は深海世界をほとんど知らないことが浮き彫りになりました。
研究チームによると、1958年以降に実施された深海探査で、視覚的に観測済みの深海底は全体の0.001%にしかすぎないことが明らかになったのです。
研究の詳細は2025年5月7日付で科学雑誌『Science』に掲載されています。
目次
- 人類は深海世界をほとんど何も知らない?
- 深海の調査領域に大きな偏りが
人類は深海世界をほとんど何も知らない?
研究チームは今回、1958年以降に行われた約44,000件の深海潜航データを使用。
世界120カ国の海域における観察記録をもとに、これまでで最も包括的な深海底の視覚的観測の推定を行いました。
その結果、人類が深海探査を記録し始めてから約70年の間に視覚的に探査した深海底の範囲は、全体の0.0006~0.001%にすぎないことが判明したのです。
この上限値に相当する面積は3,823平方キロメートルで、これはアメリカで最も小さな州であるロードアイランド州より少し広い程度であり、ベルギーの国土面積の約10分の1にあたります。
こちらが視覚的に観測済みの深海底のエリアです。

研究では次のようなたとえも示されました。
仮に陸上の生態系すべてを地表の0.001%しか観察せずに語ろうとした場合、それは「地球上のあらゆる陸上生物をテキサス州ヒューストン市ほどの面積だけを見て評価するようなもの」だといいます。
さらに人類が探査した深海の地理的な場所にも大きな偏りが見られたようです。
深海の調査領域に大きな偏りが
調査によると、1960年代には、全ての深海潜航のうち約60%が深さ2,000メートルを超えていましたが、その40年後にはその割合がわずか4分の1にまで減少していました。
しかし地球の深海の約4分の3は水深2,000〜6,000メートルの深さに広がっており、この変化は大きな偏りを意味します。
そして深海の理解に影響を与えているバイアスは他にもあります。
1960年代には、潜航活動の半数が現在の「公海(特定の国によって所有されていない、自由に利用できる海域)」で行われていましたが、2010年代にはその割合がわずか15%にまで減少していました。

現代の深海潜航の多くは「排他的経済水域(EEZ)」内で行われていますが、そこにも大きな偏りが見られています。
沿岸国から200海里(約370キロ)以内の海域で行われた35,000回以上の潜航のうち、70%以上がわずか3つの先進国、すなわちアメリカ、日本、ニュージーランドの海域で実施されていたのです。
また1958年以降の全潜航記録のうち、実に97%がアメリカ、日本、ニュージーランド、フランス、ドイツという5カ国によって行われていました。
加えて、深海底の地形的特徴においても、谷や尾根などは集中的に調査されてきた一方で、広大な深海平原や海山などの調査は不十分でした。
こうした発見は、深海の全体像を科学的かつ正確に理解するために、より包括的でグローバルな探査の取り組みが急務であることを物語っています。

研究主任のキャサリン・ベル氏はこう話しています。
「気候変動や将来的な海底鉱業、資源開発といった脅威が加速する中、これほど広大な領域に対する探査が極端に限られていることは、科学と政策の両面にとって重大な問題です。
深海の生態系とその働きについて、より深く理解することは、資源管理や環境保全の意思決定において不可欠です。
これらの推定結果は、深海を探査し、研究する方法そのものを根本的に見直す必要があることを示しています」
しかし「今から世界中で深海探査のプラットフォームを1,000以上増やしたとしても、地球の海底全体を視覚的に調査し終わるには、およそ10万年かかるだろう」とベル氏らは予測しています。
つまり、すぐに成果が出るような話ではありません。
それほどに地球の深海底は広大無辺な世界なのです。
参考文献
We’ve Only Glimpsed 0.001% of Earth’s Deep Seafloor, Study Reveals
https://www.sciencealert.com/weve-only-glimpsed-0-001-of-earths-deep-seafloor-study-reveals
Only 0.001% of the deep seafloor visually observed in seventy years, revealing gaps and bias in ocean exploration and global biodiversity understanding
https://www.eurekalert.org/news-releases/1082535
元論文
How little we’ve seen: A visual coverage estimate of the deep seafloor
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adp8602
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部