人間の”移動量”は陸上の「野生動物の40倍」だと判明

私たちは、草原を自由に走り回る哺乳類や、大空を渡る鳥たちの姿に、自然の生命力のダイナミズムを感じて驚かされます。

しかし、その移動量に関しては、実は人間の方が何十倍も地球上を動き回っていることが、最新の研究によって明らかになりました。

この驚くべき事実を明らかにしたのは、イスラエルのワイツマン科学研究所(Weizmann Institute of Science)の研究チームです。

彼らは、人間、野生動物、家畜における1年間の「質量×移動距離」を全地球規模で比較しました。

この成果は、『Nature Ecology & Evolution(2025年10月27日付)』と『Nature Communications(2025年10月27日付)』に掲載された2本の論文で示されました。

目次

  • 人間の1年の「質量×移動距離」は、陸上の野生動物の40倍だった
  • サバンナの「野生動物の大移動」でさえ、「人間のサッカーワールドカップ」レベルの移動量だった

人間の1年の「質量×移動距離」は、陸上の野生動物の40倍だった

この研究の背景には、人間の活動が地球の動的な姿にどれほどの規模で影響しているのかを、野生動物と同じ物差しで定量比較したいという狙いがありました。

私たちはこれまで、アフリカのサバンナを横断するヌーやシマウマの大移動や、何百万羽もの渡り鳥の往復を自然の壮大な営みとして語ってきました。

一方で、日々の通勤や旅行、季節ごとの帰省や観光といった人間の移動が、総量としてどれほど大きいのかは直感では掴みにくいままでした。

そこで研究チームは、生物群の総質量(Gt,ギガトン)に年間移動距離(km)を掛け合わせる「biomass movement(バイオマス・ムーブメント,この記事では単に『移動量』と記す)」という指標を用い、地球上の移動を同じ単位で比較しました。

人間については徒歩や自転車、自動車、鉄道、航空機などあらゆる移動手段を合算しつつ、乗り物そのものの重さは含めず人の体の移動だけを集計しました。

家畜やペット、野生動物については、個体数や平均体重、年間移動距離に関する統計や論文、推定値を組み合わせて世界全体の合計を推定しました。

鳥類や昆虫のように移動パターンが多様なグループでは、代表的な種のデータと専門家の知見を使って妥当な範囲の見積もりを行いました。

その結果、現代の人間の1年間の移動量は約4000 Gt km / yrという桁違いの規模であることが示されました。

これに対し、陸上の哺乳類と節足動物、そして野生の鳥類を合わせた合計でも、せいぜい100 Gt km / yr前後にとどまります。

つまり、人間の移動量は野生の陸上動物全体の約40倍だと分かったのです。

しかも、人間の徒歩だけでも約600 Gt km / yrに達し、野生動物全体の移動量を単独で上回っていました。

家畜の移動量も約1000 Gt km/yrに達し、人間に匹敵しますが、その多くは牛など大型家畜の存在量の大きさに由来します。

こうして、人間の動きが地球規模の移動量を圧倒している現実が、初めて定量的に描き出されました。

では、これらの移動量は、それぞれどの程度のものなのでしょうか。研究チームが示す比較の例も見てみましょう。

サバンナの「野生動物の大移動」でさえ、「人間のサッカーワールドカップ」レベルの移動量だった

研究は具体的な比較を通じてこのスケール感を直感的に示しています。

サバンナを横断する100万頭規模のヌーやシマウマの大移動は自然ドキュメンタリーを象徴する光景ですが、移動量としてはサッカーワールドカップやイスラム教の大巡礼のような人間の巨大イベントと同程度のようです。

また、「最も長距離の渡りをする鳥」として知られるキョクアジサシは、北極から南極までを往復しますが、体が小さいため、移動量ではオオカミに劣るという意外な事実も明らかになりました。

ちなみに陸上の動物バイオマス(生物量)は昆虫が大きな割合を占めますが、長距離を移動する種は限られるため、昆虫を含めても陸上側の移動量は小さく抑えられます。

また家畜やペットは、近年は放牧や自由移動が減り、飼育舎や家庭内での滞在時間が長くなっているため、バイオマスの大きさに比べて移動量そのものは伸びにくい傾向があります。

海に目を向けると、たとえばザトウクジラの長距離回遊は有名ですが、移動量としてはドイツ国内の人々の移動量と同程度だと示されます。

そして時代の変化から分かることも興味深いものです。

1850年には人間の人口は現在の約7分の1で、平均体重も小さく、ほとんどの人は生まれ育った土地の周辺で生涯を過ごしていました。

当時の移動量は現代よりもかなり抑えられていたのです。

一方、野生動物の移動量は現在より大きかったと考えられます。

実際、野生の海洋哺乳類のバイオマスは、1850年比でおよそ70%減少したと見積もられています。

かつて地球を大きく動かしていたのは野生動物でしたが、今では人間こそが質量と距離の両面で地球の動的な姿を決定づけていることが、最新研究によって明確になったのです。

全ての画像を見る

参考文献

Human Movement Around Earth Over 40 Times Greater Than That Of All Wild Land Animals Combined
https://www.iflscience.com/human-movement-over-40-times-greater-than-that-of-all-wild-land-animals-combined-81338

元論文

Human biomass movement exceeds the biomass movement of all land animals combined
https://doi.org/10.1038/s41559-025-02863-9

The global biomass of mammals since 1850
https://doi.org/10.1038/s41467-025-63888-z

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

タイトルとURLをコピーしました