人間の心は複雑な真実よりも単純な説明を好む

心理学

アメリカのミシシッピ州立大学(MSU)で行われた研究によって、人間が「単純な説明」を強く好む実体が明白に示されました。

研究では、約1000人の成人を対象に、同じ出来事を「原因が1つの単純な説明」と「複数の原因を含む複雑な説明」で比較してもらう実験を行いました。

すると被験者たちは原因が多い方がより確からしい状況でも、多くの人が単純な説明を選ぶ傾向があることがわかりました。

さらに参加者たちに判断材料となる追加の情報を与えたり、それを目立たせたりしてもまだ単純な説明のほうを好む傾向が強かったのです。

いったいなぜ私たちの脳は、シンプルで明快な説明にここまで安心感を覚えてしまうのでしょうか?

研究内容の詳細は2024年7月24日に『Memory & Cognition』にて発表されました。

目次

  • “説明は少ない方がいい”という勘違い
  • わかりやすさは武器にも罠にもなる
  • “見えない原因”に目を向けるだけで世界が違って見える

“説明は少ない方がいい”という勘違い

“説明は少ない方がいい”という勘違い
“説明は少ない方がいい”という勘違い / Credit:Canva

私たちは無意識に「目に見える原因」に飛びついてしまう生き物かもしれません。

例えば古い時計が狂ったとき、つい目に見える歯車の不具合ばかりを疑ってしまいがちです。

しかし、実は動いていない別の歯車(普段は見過ごされる隠れた原因)が故障の真の原因かもしれません。

脳はできるだけエネルギーを節約したいので、3つの原因を組み合わせた複雑な解釈より、1つの原因の説明だけで済む単純な解釈の方を好むのかもしれません。

実際、子どもから大人まで、原因の説明の数が少ないシンプルな解釈を好む傾向があることが知られています。

これは「オッカムの剃刀(条件が同じなら簡単な説明を良しとする考え方)」として知られる原則と一致します。

しかし、単純な説明ばかりをありがたがることには落とし穴もあります。

世の中の出来事には多くの場合、複数の原因が絡んでおり、目立つ一つの説明があるからといって、ほかに潜んだ重要な原因がないとは限りません。

事実、社会経済の変動や人間の行動などを単一の原因で説明しようとすると、重要な見落としや誤解を招きかねないと指摘されています。

ところがこれまで、なぜ人間がここまで単純な説明を好むのか、その背後のメカニズムはよくわかっていませんでした。

そこで今回研究者たちは「明示されていない原因」の扱い方に注目しました。

人々は、明示されていない原因については積極的に考えず、“なかったこと”のように無視してしまうため、本当は複数の原因を組み合わせるべき状況でも、単純な一つの原因の説明に傾いてしまうのではないか。

もしそうだとすれば、「見えにくかった原因」をあえて明示的に示してやることで、この偏りを正せるのではないかと考えたのです。

本当は複数の原因が絡んでいる複雑な説明のほうが正しい場合に、人間はきちんとそれを選ぶことができるのでしょうか?

それとも最後まで単純な説明のほうに流されてしまうのでしょうか?

わかりやすさは武器にも罠にもなる

わかりやすさは武器にも罠にもなる
わかりやすさは武器にも罠にもなる / Credit:Canva

単純な説明を好む人間の性質は変えられないのか?

答えを得るため研究チームはアメリカの成人約1000人を対象に実験を行いました。

実験の内容は一見シンプルです。

参加者には、いくつかの物語や出来事を提示します。

たとえば「アンティーク時計が壊れた」「ある患者が症状を訴えている」といった場面です。

そしてそれぞれの場面で、参加者に2つの説明を示しました。

ひとつは「原因がひとつだけ」の単純な説明、もうひとつは「複数の原因を組み合わせた」複雑な説明です。

例えば時計の例では「ばねの栓の不具合だけが原因」vs「歯車の摩耗とぜんまいの故障という二つの原因」、患者の例では「単一の病気」vs「二つの病気の併発」といった具合です。被験者は一般の成人であり、専門知識を前提としないシナリオでした。

もし偏りがないなら、単純な説明と複雑な説明は同じくらい選ばれるように思えるでしょう。
しかし結果は違いました。

被験者たちは提示されたシナリオの原因が日常的に良くあるケースでもレアな事態の場合でも単純な説明を選びやすいことがわかりました。

本来なら、日常的に見聞きする原因では複雑な説明の方が“より確からしい”はずですが、それでも単純な説明が好まれたのです。

これは、私たちの脳がいかに強く「わかりやすさ」を求めているかを示す興味深い結果です。

しかし、このような単純への偏りは、実験で「隠れた原因を意識せざるを得ない状況」でヒントとして与えると大きく変化しました。

追加の原因にスポットライトを当てて、参加者に追加材料のアピールを行ったわけです。

するとそれまで単純な説明を選んでいた人たちが、「あれ、ちょっと待てよ」と立ち止まり、複数の原因がある複雑な説明も無視せずに検討するようになったのです。

ただこの段階では、平均としては単純な説明への傾きがまだ残っていました。

単純さの持つ魅力は大きく、追加で考慮すべき情報を得ても、多くの人はまだ単純な原因を好んだのです。

そこで研究者たちは、さらにもう一歩進めて、工夫をしました。

今度は「隠れた原因」を単に指摘するだけでなく、「その原因が別の重要な結果も生み出す」——つまり“別の働きを持つ原因(代替原因)”として示しました。

つまり、「目立たない歯車」にスポットライトを当てるだけでなく、「実は時計の動きに直接関わる重要な役割の歯車」だと伝えたわけです。

すると、ようやく逆転が起こりました。

最初は「原因が1つだけ」の単純な説明を好んでいた人たちが、この手がかりによって「複数の原因がある」複雑な説明のほうをより多く選ぶようになり、それまで単純に傾いていた判断が反転したのです。

“見えない原因”に目を向けるだけで世界が違って見える

“見えない原因”に目を向けるだけで世界が違って見える
“見えない原因”に目を向けるだけで世界が違って見える / Credit:Canva

今回の研究により「見えない原因」に目を向ければ、人間の推論の誤りを減らせる可能性が示されました。

私たちはとかく明快な説明に飛びつき、「なるほど!」と言いたくなります。

だからこそ、一見筋が通った単純な答えがあると、他の可能性を深く考えずに受け入れてしまうのでしょう。

しかし本研究は、たとえ魅力的な単純解であっても、その影で見逃されている原因に目を配ることの大切さを教えてくれます。

実際、隠れた原因をあえて考慮するだけで、単純化しすぎによる誤りを減らせると示唆されています。

この知見は、病気の診断から社会問題の分析まで、幅広い場面で役立つ可能性があります。

例えば経済の変動や複雑な社会現象を理解する際にも、目につく単一の要因だけに注目していては本質を見誤るかもしれません。

複数の原因に目を向ける習慣は、誤った結論を避ける手助けとなるでしょう。

現実世界においては、現在手元にある説明だけで判断をする前に、「まだ見えていな状態にある」他の付随する情報や説明を自分でみつけることで、単純化された説明で「納得した」と感じてしまうことを防ぐことができます。

「まだ見えていない説明や原因に目を向ける」ことは、私たちの判断を単純化から救いより正確なものに導く最初の一歩なのかもしれません。

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元論文

Inside Ockham’s razor: A mechanism driving preferences for simpler explanations
https://doi.org/10.3758/s13421-024-01604-w

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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