2025年4月、イスラエルの地中海沿岸都市ハデラの沖合で悲惨な事件が起きました。
観光に訪れていた40歳の男性が、これまで人を襲うことはほとんどないとされてきたサメの群れにより命を落としたのです。
フランスのPSL研究大学(PSL Research University)は、この事故の経緯を目撃証言と公開映像の分析から丁寧に再構成し、なぜ“無害”とみなされてきたサメが人間を襲うに至ったのかを説明しました。
この研究は2025年8月16日付の『Ethology』誌に掲載されています。
目次
- 攻撃性が低いはずのサメ「ドタブカ」が観光客を襲う
- 「無害なはず」のサメが人間を襲った理由と教訓
攻撃性が低いはずのサメ「ドタブカ」が観光客を襲う
まず、今回の悲惨な出来事のきっかけとなったサメ「ドタブカ(学名:Carcharhinus obscurus)」について紹介します。
ドタブカはメジロザメ属の中型から大型のサメであり、成体では3mを超える大きさに達する個体も報告されています。
温暖な海域の沿岸から大陸棚にかけて広く分布し、長く人への致命的捕食リスクが低い種と考えられてきました。
そのため、イスラエルの地中海沿岸都市ハデラの海でも、ドタブカなどのサメ観察を目的に多くの人が集まるようになっていました。
しかし事件が起きてしまいました。
観光に訪れていた40代の男性はドタブカの群れを撮影しようと、100m以上沖に泳いでGoProを手にシュノーケリングをしていました。
そして突然、ドタブカが男性の手や体に噛みつきます。
鋭い歯で生じた傷から血が広がり、水中には咬みつきの衝撃音も加わりました。
この血の匂いと音の刺激が周囲のサメたちの興奮を一気に高め、状況は急速に悪化しました。
複数のサメが短時間に同じ獲物へ競うように殺到したのです。
現場では水面が赤く染まり、背びれや尾びれが相次いで現れました。
目撃者は男性が助けを求める声を上げた直後に、海の様子が一変したと証言しています。
翌日の捜索ではごくわずかな遺体の一部が回収され、複数のサメによって捕食されたことが確認されました。
では、普段なら人を獲物と見なさないはずのサメが、この時は、どうして人間を襲ったのでしょうか。
「無害なはず」のサメが人間を襲った理由と教訓
研究チームが指摘するのは、サメの生態そのものに加えて、人間たちの行動が事故の背景で大きな原因となったという点です。
ハデラ沿岸では発電所や淡水化プラントからの温かい排水が流れ込み、冬季を中心にドタブカなどが季節的に集まりやすい環境ができていました。
こうした場所ではサメ観察が広がり、人がサメに近づく機会が増えました。
そして一部では公衆による制御されていない餌やりが行われ、サメは人のそばに行けば食べ物が得られるという学習を重ねたと考えられます。
この繰り返しがサメの警戒心を弱め、「食べ物を求める行動」として人への接近を招いたのです。
そして研究チームは、ドタブカの最初の咬みつきは捕食目的ではなく、カメラへの好奇心から来る咬みつきだった可能性が高いと説明しています。
しかしその狙いは外れ、運悪く、男性の手や足に噛みついてしまったのです。
この偶発的な一噛みで流血と音の刺激が生まれ、周囲の個体が一斉に集まるきっかけになりました。
つまり、普段なら人間を獲物と見なさない”ブレーキ”を、アクシデントと競争という“現場のアクセル”が上回ったのです。
この事件から導かれる教訓は明快です。
観光やエコツーリズムは地域経済や保護活動の追い風になり得ますが、餌やりのような人為的な介入はサメの行動を変え、私たちの安全を損なうリスクを高めます。
研究チームは、まずサメへの餌付けを全面的に禁止することを強く提言しています。
さらに、監視や警告体制の整備、サメが集まりやすい環境では立ち入りや遊泳に関する明確なルールづくりも必要です。
人間とサメの間にあるべき距離を忘れないこと。 それが、同じ悲劇を繰り返さないために重要です。
参考文献
Scientists Explain Why ‘Harmless’ Sharks Devoured Swimmer in Chilling World First
https://www.sciencealert.com/scientists-explain-why-harmless-sharks-devoured-swimmer-in-shocking-world-first
元論文
When Competition Breaks the Rules: Feeding Frenzy as a Trigger for Unexpected Fatal Shark Predation Bites on a Human Sea-User by Non Traumatogenic Carcharinids in the Oriental Mediterranean
https://doi.org/10.1111/eth.70013
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

