私たちは日常のなかで、「見たくない現実」から目をそらしてしまうことがあります。
健康診断の結果を確認するのが怖い、テストの点数を知りたくない、苦手な上司からのメールを後回しにしてしまう。
そんな経験をしたことがある人は少なくないでしょう。
心理学では、こうした「都合の悪い情報を意識的に避ける」傾向を「オストリッチ効果(Ostrich effect)」と呼びます。
これまでの研究では、大人が自分にとって都合の悪い情報を避けることはよく知られていました。
しかし子どもは好奇心旺盛で「なんでも知りたがる」印象があります。
では不都合な情報を避けるという人の行動は、一体いつ頃から始まるのでしょうか?
アメリカのシカゴ大学(University of Chicago)の研究によると、情報を避ける傾向は年齢とともに強まり、5〜6歳では情報を積極的に知りたがる一方、7〜10歳では回避が目立ってくることが示されました。
人は7歳からすでに、都合の悪いことからは目をそらしてしまうようです。
この研究の詳細は、2025年6月に心理学誌『Psychological Science』に掲載されています。
目次
- 「知ることを避ける心」は、いつから育つのか?
- 7歳を境に“知りたくない”が生まれる? 子どもの中に芽生える「見ない選択」
「知ることを避ける心」は、いつから育つのか?
知ることで気分が沈むかもしれない情報を避けたくなる心理は、多くの大人に共通しています。
株価が下がると投資アプリを開かなくなったり、呼び出しが掛かりそうなときスマートフォンを見ないようにしたりするのも、その一例です。
こうした現象は「オストリッチ効果(Ostrich effect)」と呼ばれ、現実を避けて安心を得ようとする心の動きを指します。
ちなみにこの呼び名は「ダチョウは危険を感じると頭を砂に埋める」という伝説から来ています。もちろん実際のダチョウはそんな行動を取りませんが、古代ローマの博物学者プリニウスが、著書『博物誌』の中でそのように記していたことから有名な話になりました。
しかし、この「現実から目をそらす」心理については大人を対象にした調査ばかりであり、いつ頃から人の中に芽生えるのかははっきりしていませんでした。
そこでシカゴ大学の研究チームは、子どもを対象にした調査を行ってみることにしました。
実験ではアメリカの5〜10歳の子ども約320人を対象に実験を行っています。
実験はお話やゲームのような形式で進み、子どもたちは場面ごとに「知る」か「知らないでおく」かを自分で選びます。
たとえば「好きなキャンディが体に悪いかもしれないけれど、その情報を知りたい?」と尋ねたり、「自分より友だちのほうがごほうびを多くもらったかもしれないけれど、結果を見る?」と質問したりします。
研究チームは、情報を避ける理由として複数の動機を調べました。
具体的には、嫌な気持ちを避けたい、人に好かれたい・有能に見られたい気持ちを守りたい、自分の信じていることを壊されたくない、自分の好みを守りたい、自分の得を優先したい、といった動機です。
このように「気持ち」「評価」「信念」「好み」「得」の面から、子どもが情報を避ける選択をするかどうかを確かめました。
その結果、年齢が上がるほど情報を避けやすくなることがわかりました。
5〜6歳の子どもは、たとえ結果が悪そうでも「知りたい」と答えることが多いのに対して、7〜10歳では、「見ない」選択が増えたのです。
では、子どもたちはどんなときに「知りたい」よりも「知らないほうが安心」と感じるようになるのでしょうか。
7歳を境に“知りたくない”が生まれる? 子どもの中に芽生える「見ない選択」
3つの実験の結果、7歳前後になると人は「知る勇気」よりも「知らない安心」を選ぶ場面が増えることがわかりました。
最初の実験では子どもたちに、身近で起こりそうなシナリオを示し、それに対しての情報が欲しいかどうかを訪ねました。
これは例えば「好きなキャンディが体に悪いかもしれない」「友だちが自分をどう思っているか」といった情報です。
その結果、7歳頃を境に子どもたちは“知らないまま”を選ぶ割合が高くなったのです。
また別の実験では、子どもたちの前にはステッカーの入った2つの箱が置き、どちらか1つを自分がもらい、もう片方はペアの友だちに渡されるというゲームを行いました。
ただし、この実験では友だちに渡された箱に何枚のステッカーが入っているかは見えません。
ここで子どもに「友だちの箱を開けて中身を見る」か「見ないか」を選んでもらいました。
この実験でも、年長の子どもほど「見ない」ことを選ぶ傾向がありました。
研究者は、この行動を「道徳的な逃げ道(moral wiggle room)」と呼ばれる心理に似ていると説明しています。
これは、知ってしまうと罪悪感を覚える可能性があるとき、あえて“知らないまま”でいることで心の平穏を保とうとする反応です。
例えばこの実験の場合、もし相手の方が多くステッカーをもらっていたら嫌な気持ちになるし、自分の方が多かったら後ろめたい気持ちになるかもしれません。
見ないことで、そんな気まずさを感じずに済むのです。
最後に、研究者は「幼い子どもでも情報回避を選ぶようになる状況は作れるか」を確かめるために、次のような実験を行いました。
子どもたちに「もしその箱の中身を見ると悲しい気持ちになるかもしれないから、見るかどうかを選ぶときは気をつけてね」というような警告をあらかじめ与えます。
その上で、子どもの前に示した箱の中身を「見るか・見ないか」、その選択を調査したのです。
その結果、幼い子どもでも「見ない」選択をする割合が通常よりも高くなりました。
この実験は、自分に不利な情報を避けたいという気持ちは、成長とともに自然に強くなるが、“知らないことで安心”を得るという行動は、年齢に関係なく感情を守る自然な反応として現れることを示しています。
一方で、子どもたちはすべての情報を避けているわけではありません。
「上手くできたか」「どうすればうまくなるか」といった、自分の努力や成長に関する情報については、年齢に関係なく多くの子どもが知りたがりました。
しかし、他人との比較や不公平を意識させる情報は避けられやすく、「知ると気分が悪くなりそう」と予想できるものほど、回避の傾向が強くなっていました。
この結果から、研究チームは、情報回避は単なる“現実逃避”ではなく、感情を守りながら学ぶための心の工夫だと説明しています。
7歳前後というのは、他人の視点を理解し、自分がどう見られるかを意識し始める時期です。
その発達が進むことで、子どもは「知るとつらい現実」から身を守る一方で、「知ることで前に進める情報」には向き合うという、心のバランス感覚を身につけていくのです。
嫌な現実から目をそらすのは、単なる弱さではなく、自分の心を守るための最初の知恵なのかもしれません。
参考文献
Origins of the ‘Ostrich Effect’: Researchers pinpoint the age we start avoiding information—even when it’s helpful
https://medicalxpress.com/news/2025-09-ostrich-effect-age.html
元論文
Becoming an Ostrich: The Development of Information Avoidance
https://doi.org/10.1177/09567976251344551
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部