光速に近い速さで運動する物体は、いったいどのように見えるのでしょうか?
たとえばSF映画では、飛び去る宇宙船や加速する隕石がぐんと押しつぶされるように描かれることもあります。
しかし実際にカメラで“瞬間を切り取る”と、物体の形が変わるどころか、むしろ「回転したような姿」に映る――という不思議な予言が、特殊相対性理論から導かれてきました。
これを「テレル効果」と呼びます。
オーストリアのウィーン工科大学(TU Wien)で行われた研究によって、長らく理論やシミュレーションの話にとどまっていたこの現象が、ついに実験映像としてとらえられたのです。
研究では、収縮ではなく微妙に“回転している”ように見える歪んだ球や立方体の姿がしっかりと記録されています。
研究内容の詳細はプレプリントサーバーである『arXiv』にて公開されました。
目次
- 1924年からの宿題、ついに解決へ――テレル効果が実験で明らかに
- 光速に近い速度で移動する物体は回転して見える
- 本当はローレンツ収縮が見えない理由
1924年からの宿題、ついに解決へ――テレル効果が実験で明らかに

1920年代初頭、物体が高速で運動するとその長さが縮む――いわゆる「ローレンツ収縮」のアイデアはすでに広く知られていました。
一般に写真は“同時刻にカメラに届いた光”を集めて作られていると考えられています。
ただ実際は、遠くの部分ほど、光がカメラに到達するまでに長い時間がかかるので、同じ一瞬の写真として成立させるには、遠い部分の光はもっと早い時点で放たれなくてはならない、というタイムラグが生じます。
高速で動く物体に対してこのタイムラグを考えると、物体が動きながらさまざまな点から放たれた光が、一度にカメラに同時に集まるようになるのです。
そのため物体が高速で運動すると、その運動方向に沿って実際には寸法が縮む一方、光の到達時間差によって見かけ上は伸びて見える部分が生じるといった現象が起こると考えられます。
このような予測から、SFの世界では加減速する宇宙船などは進行方向に対して伸びたり縮んだりするように描かれることがあります。
ところが1924年、オーストリアの物理学者アントン・ランパは「動いている棒を実際に観測したとき、どのように見えるのか」という観測者からみた “見た目”にフォーカスした問題を提起しました。
その後、1959年にロジャー・ペンローズとジェームズ・テレルがそれぞれ独立に、ローレンツ収縮はカメラのスナップ写真上では見えず、むしろ物体はまるで「回転した」ように写るはずだと指摘したのです。
たとえば球なら球の形のまま、立方体なら立方体のまま、少し傾いているように見える――これが理論上予言されてきた「テレル効果」です。

もしこれが本当ならば、さまざまなSF作品で描かれるローレンツ収縮的な描写は科学的に成り立たない可能性が出てきます。
しかし、実際にその瞬間を写真に収めるには、超高速で移動する物体をカメラで捉えなくてはなりません。
技術的に近光速の被写体を用意するのは不可能に近く、従来はコンピューターシミュレーションやCG映像でしか視覚化されていませんでした。
その一方で、科学アートの分野では極短パルス光を駆使して光の道筋を捉える手法が開発され、SEEC Photographyなどの事例からも“フェムト秒カメラ”の新奇な応用が期待されていました。
これらの背景から、テレル効果をなんとか実験室レベルで直接“観察”しようというモチベーションが高まっていたのです。
そこで今回研究者たちは、ピコ秒単位のゲートカメラとパルスレーザーを同期させて、物体が近光速で動く様子を実際に写し出すというアプローチを試みることにしました。
研究者たちはどのようにして「光速に迫る物体の見え方」を再現したのでしょうか。
光速に近い速度で移動する物体は回転して見える

どのようにして「光速に迫る物体の見え方」を再現したのか?
研究チームがとった方法は、一言でいえば「光を超スローモーションで観察する」工夫です。
まず、1ピコ秒(1兆分の1秒)ほどの極短パルスレーザー光を物体に当てます。
同時に、カメラ側も“ゲート”と呼ばれる超高速のシャッターをピコ秒単位で開閉し、散乱して戻ってきた光をわずかな時間だけ撮影できるようにします。
こうすると、ごく短い距離を進んだ光だけを切り取ることができるのです。
ある意味で、光がわずか数センチ進む“瞬間”をスナップ写真のように連続で記録しているわけです。
ここでユニークなのが、撮影するたびに、実際には動いていない被写体の位置をちょっとずつ移動(再配置)するというアプローチです。
「本当に物体が光速に近いスピードで動く」のは現実的に無理ですが、この組み合わせにより「光はごく短い距離だけ進んでからカメラに届く → 被写体がわずかに動いたように見える → その連続画像をつなげる」といった仕掛けを作ってしまいます。
たとえばカメラが1回シャッターを開いている間に光が進む距離はわずか数センチほどなので、理想的には「実質的に光速が1秒間に2メートル程度しか進まない」ように見せることができるわけです。
実験では、球と立方体の「ローレンツ収縮した模型」を用意しました。
たとえば球なら運動方向に薄い円盤のように潰したモデルを置き、これをわずかに傾けながら撮影します。
レーザーを照射して、戻ってくる光をピコ秒単位で何度も“切り取る”ことで、球が動いていると仮定した際にカメラに収まるはずの光を再現し、最後に映像として合成していきます。
すると理論で言われていたように、球はまるで回転しているかのように見え、立方体も正面がわずかに“ずれて”奥行きをのぞき込んだような姿で写りました。
言い換えれば「近光速で移動しているならば、本来もっと潰れて見えるはず」のオブジェクトが“ほぼ潰れておらず、むしろ傾いて見える”ことが映像として確かめられたのです。
実験結果の写真には、実際にフロントとバックの面が二重に映りこんだような面白い部分もあります。
これは、球面状に広がるレーザー光や被写体のわずかな傾きなどが影響しており、理想的な平行光ではないがゆえに起こるものです。
理論が示す回転のイメージと重ね合わせると「なるほど、この角度で面が重なって見えるのか」と合点がいくものになっています。
こうした細部も含め、ローレンツ収縮が写真には“直に現れない”というテレル効果の核心を、映像として視覚的にとらえられた点が大きな成果といえます。
本当はローレンツ収縮が見えない理由

今回の撮影によって得られた“回転して見える”というイメージは、ペンローズやテレルが半世紀以上前に理論として予言していた内容とよく合致します。
一方で、実験では理想的な「平行光線」や「一瞬のシャッター」にはならない現実的な制約もあり、立方体の面が二重になったり、球の一部が線状に切れて見えたりするなど、わずかな歪みが観察されました。
しかしそうした点を考慮しても、大局的にみれば「収縮ではなく回転が写る」ことがしっかりと確認され、理論が示す“テレル効果”の正しさが改めて裏打ちされたといえます。
この成果が示すのは、相対論の数式だけではピンとこない「実際の見え方」を実験的に具体化したことの意義です。
とりわけピコ秒カメラとパルスレーザーを組み合わせ、あたかも光が超スローモーションで進むように“トリック”をかける手法は、今後ほかの相対論的効果をビジュアルに体感するうえでも応用の余地が大きいでしょう。
たとえば高エネルギー物理や天文学の分野では、光速に近い速度で運動する粒子や天体現象を、こうした実験室スケールの技術を使ってシミュレートできる可能性が考えられます。
また教育分野へのインパクトも大きいとみられます。
教科書で「高速で運動する物体はローレンツ収縮する」と学ぶ一方で、「実際に見ると意外にも形が変わらない」というのはイメージしづらい部分でしたが、今回のように写真や動画の形で視覚的に示されると、相対論的現象の理解がより深まると期待されます。
要するに、数学や理論だけでは得られない“実際に目の前で見る”体験こそが、特殊相対性理論の直感を養う手段になるということです。
こうした試みをさらに発展させれば、より複雑な形状や、球面波の光源による歪みの補正なども検討できるかもしれません。
今回の実験は、ローレンツ収縮が写真には見えず、代わりに回転が映るという“テレル効果”を世界で初めて実験的に可視化した事例ともいえます。
これを機に、私たちの直感の外にある不思議な世界が、よりクリアに見えてくる可能性があります。
元論文
A Snapshot of Relativistic Motion: Visualizing the Terrell Effect
https://doi.org/10.48550/arXiv.2409.04296
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部