並んだ4枚のカードの中で最も引かれやすいのは?

手元に並べられた4枚のカードから「自由に1枚を選んで」と言われたのに、6割以上の人に研究者の望んでいたカードを選ばせてしまう──そんな不思議な心理の仕組みが、ロンドン大学の研究で明らかになりました。

実験では、多くの参加者が自分の選択を「完全に自由だった」と信じており、自分が誘導されているとは気づきませんでした。

この研究は、日常のささいな場面でも、私たちの行動が目に見えない力に影響されているかもしれないことを示唆しています。

研究内容の詳細は『Consciousness and Cognition』にて発表されました。

目次

  • 自由意志は思ったより狭い
  • 右利きの人は66%の確立で左から3番目を選んだ

自由意志は思ったより狭い

人は日常生活の中で、たくさんの「選択」をしていますが、そのほとんどを「自分で決めた」「自由に選んだ」と感じています。

しかし、心理学では、こうした自分で意識して決めたと思っていることの多くが、実は「無意識(自分では気づいていない心の働き)」によって影響を受けていると考えられています。

無意識というと少し難しく聞こえるかもしれませんが、たとえば友達が食べているお菓子をなんとなく欲しくなったり、テレビのCMを見て商品が気になったりするような、普段から誰でも経験している現象です。

このように、私たちの心の中には、意識していないところで「選択を誘導する」小さな力がいつも働いているのです。

この「無意識による誘導」の具体的な例として、日常生活ではスーパーの棚に並んだ商品が挙げられます。

商品は、お店側が一番売りたいものを取りやすい場所に置いていますが、お客さんの多くは「自由に選んだ」と感じてしまいます。

また、雑誌やウェブサイトでも、目立つ場所に置かれた情報が自然と目に入り、私たちの行動をゆるやかにコントロールしています。

これらは決して悪意のある仕掛けではなく、無意識の「クセ」を利用した心理効果なのです。

研究者たちは、こうした日常の無意識的な誘導がどれほど強力なのか、またどのように働いているのかを科学的に調べたいと考えました。

そこで着目したのが、マジシャンがよく使う「カードのトリック」です。

は、観客に対して「どれでも好きなカードを自由に選んでください」と言いますが、実は、さまざまな小さな誘導を使って、あらかじめ決められたカードを観客が「自由に選んだ」と思わせるテクニックを使っています。

こうしたテクニックは、観客が無意識のうちに特定のカードを選びやすくなるように配置や手の動きを工夫することで成立しています。

今回の研究の目的は、このマジシャンの「カードトリック」を使って、人が自分の選択をどのくらい「自由だ」と感じるのか、またその自由さの感覚が、実際にはどれくらい無意識による誘導によって影響されているのかを科学的に明らかにすることでした。

この研究が成功すれば、日常のさまざまな場面で私たちが「自由に選んだ」と思っている行動が、実は気づかないうちに操作されている可能性について理解が深まることになります。

右利きの人は66%の確立で左から3番目を選んだ

研究チームはまず、人の「自由な選択」がどれほど無意識に影響されるのかを明確に調べるため、特別な心理実験を設計しました。

実験には、イギリスのロンドンにあるゴールドスミス大学(Goldsmiths, University of London)と中国の清華大学が協力し、計60人の参加者を集めました。

研究者たちはまず、机の上に4枚のカードを横一列に並べました。

参加者には「この中から好きなカードを1枚、自由に選んで前に押し出してください」とだけ伝えました。

この指示は、参加者に「選択の自由」を感じさせるための重要なポイントでした。

なぜなら、もし研究者がカードを強く勧めたり、誘導するような言葉を使ったりすれば、参加者がそれに気づき、純粋な「無意識による選択」のデータが取れなくなってしまうからです。

実験の結果、非常に興味深い傾向が現れました。参加者のうち66%、つまり60人中約40人もの人が、なぜか左から3番目のカードを選んだのです。

ただし、この傾向は「右利き」の人に限られていました。

左利きあるいは左手を使った被験者は、左から2番目のカードを引く傾向が高かったようです。

ゴールドスミス・カレッジの心理学者で研究主任のグスタフ・クーン(Gustav Kuhn)氏は、この結果に受けて「多くの人は利き手に近い場所を選びやすいこと、それから端っこを避ける心理があることを示唆している」と指摘します。

これは、人が無意識のうちに、自分にとって手を伸ばしやすい位置や自然な動作をしやすい場所にあるカードを選ぶ傾向があることを示しているのです。

しかし、最も興味深いのは、こうした明らかな偏りがあるにもかかわらず、参加者のほとんどが自分の選択は「完全に自由だった」と感じていた点です。

実験後のインタビューでも、「なぜそのカードを選んだのですか?」という質問に対し、多くの人が「特に理由はなく、自分で自由に選びました」と答えていました。

つまり、実際には無意識に誘導された選択であるにもかかわらず、自分ではまったくその影響に気づいていないということが明らかになったのです。

この結果は、人間の「自由な選択」の感覚が、実は見えない心理的な仕掛けにとても弱いことを示しています。

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参考文献

Magicians exploit your ‘lazy’ brain in pick-a-card tricks
https://www.gold.ac.uk/news/unconsciously-biasing-choice-in-card-tricks/

元論文

Forcing you to experience wonder: Unconsciously biasing people’s choice through strategic physical positioning
https://doi.org/10.1016/j.concog.2020.102902

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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