かつて青く澄んだ水面が広がっていたアフリカのヴィクトリア湖は、いまや「緑色」に染まっています。
そしてその“緑”は、ただの水草でも、偶然の自然現象でもありません。
実はこの異変、科学者たちが100年にわたって記録してきた「人類活動の痕跡」のひとつであり、湖の生態系や私たち人間に深刻な影響を与えています。
では、なぜ世界最大の熱帯湖が緑色に変わってしまったのでしょうか?
そして、その変化が意味するものとは何でしょうか?
目次
- 世界最大の熱帯湖「ヴィクトリア湖」が緑色に変化している
- 緑化の原因は「富栄養化」と「藍藻の大量発生」だった
世界最大の熱帯湖「ヴィクトリア湖」が緑色に変化している
ヴィクトリア湖は、アフリカの東部に広がる広大な淡水湖で、面積は6万8800平方キロメートル、平均水深40メートル。
その広さは九州の約2倍に相当し、世界最大の熱帯湖として知られています。
ウガンダ、ケニア、タンザニアの3カ国にまたがり、約4700万人もの人々がこの湖の資源に依存して生活しています。
中でも漁業資源は非常に重要で、ヴィクトリア湖は世界最大の内陸漁業を支える存在でもあります。
この湖はまた、多くのの固有魚類が生息する水域でもあり、世界中の生物学者から注目されてきました。

しかし、そんな自然の宝庫だったヴィクトリア湖が、近年では空から見てもわかるほど緑色に変色しているのです。
しかもこの変色は単なる見た目の問題ではありません。
湖全体の生態系や水質、人々の健康にも影響を及ぼす深刻なサインだと、科学者たちは警告を発しています。
では、いったいなぜヴィクトリア湖は緑色に変わってしまったのでしょうか?
その真相に迫るには、100年前の過去までさかのぼる必要があるのです。
緑化の原因は「富栄養化」と「藍藻の大量発生」だった
ヴィクトリア湖が緑に染まった原因は、ひとことで言えば「人間活動による富栄養化」です。
富栄養化とは、湖や川にリンや窒素などの栄養塩が過剰に流れ込むことで、植物プランクトンや藻類が爆発的に繁殖し、水質が悪化する現象のことを指します。
ムワンザ湾で採取された湖底の堆積物を分析した研究チームは、1920年頃からリンや有機物の濃度が急激に上昇し、光合成色素(クロロフィルなど)が過去の10倍以上に増加したことを突き止めました。
これはつまり、100年前からすでに人間の排水や農業肥料の影響で湖の栄養バランスが崩れ始めていたということを意味します。
さらに2022〜2023年に実施されたメタゲノム解析では、ウィナム湾の広範な地点において藍藻が支配的に出現していることが確認されました。
特に注目すべきは、サンプルの中で藍藻がクロロフィル全体の55%以上を占める地点が複数存在するということです。

この「緑色の藻」は、水を濁らせるだけでなく、水中の酸素を奪い、魚の住処を減らし、漁業にも打撃を与えました。
一部では酸素が不足することで生命の維持が難しい「デッドゾーン」が形成されるほどです。
そして、もっと深刻なのは人間の健康へのリスクです。
研究では、藍藻がミクロシスチン(肝毒性をもつ藍藻毒素)をかなりの量生成していることが明らかになっています。
ミクロシスチンは肝臓に障害を引き起こすことで知られ、長期的な摂取は肝がんのリスクを高めるとも指摘されています。
実際、ヴィクトリア湖の周辺では、湖の水をろ過せずに飲用に使う地域が多く、子どもや高齢者を中心に健康被害のリスクが非常に高まっていると専門家は警鐘を鳴らしています。
このように、緑色の湖面は「自然の変化」ではなく、まさに人類の選択の積み重ねが引き起こした人工的な異変だったのです。
ではこのまま湖は緑に沈んでいくのでしょうか?
そうならないために、現在科学者たちはこの問題に取り組んでいます。
元論文
Anthropogenic Eutrophication Drives Major Food Web Changes in Mwanza Gulf, Lake Victoria
https://doi.org/10.1007/s10021-024-00908-x
Metagenomic sequencing of cyanobacterial-dominated Lake Victoria—an African Great Lake
https://doi.org/10.1128/mra.00798-24
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部