世界が快適になるほど「小さな事でも不満を感じるようになる」

昔に比べて世界は驚くほど便利になりました。

部屋の温度は自動で整い、食べ物はアプリで注文でき、退屈な時間すらスマホが一瞬で埋めてくれます。

本来なら幸福度が高まって当然の環境ですが、多くの人は小さな不便にすら苛立ちを覚え、以前よりストレスを感じやすくなっています。

アリゾナ大学(The University of Arizona)の心理学者ジェシカ・ケーラー氏は、最新の研究を踏まえ、こうした現代の“快適さのパラドックス”を説明しています。

彼女は、私たちの脳と現代社会の環境のズレが、小さな刺激を大きなストレスへと変えている可能性を指摘しています。

目次

  • ”快適さのインフレ”が生む不満とは?
  • SNSが不満を増幅させる理由と「不満」を減らすための解決策

”快適さのインフレ”が生む不満とは?

現代の生活は、歴史上もっとも快適だといわれています。

空調は自動で働き、移動の負担は軽くなり、退屈な時間はほとんどありません。

しかしこの快適さが進む一方で、私たちは小さな不便に敏感に反応しやすくなっています。

その背景にあるのが「快適さのインフレ(Comfort creep)」という現象です。

人は快適さにすぐ慣れてしまうため、特別だった便利さがあっという間に“普通の基準”になります。

高速なネットに慣れると数秒の読み込みが長く感じられ、すぐ届く配達に慣れると数分の遅れが不満になります。

脳は環境の変化に敏感で、快適な状態が続くと、小さな不便に対する耐性が弱まりやすくなります。

これは人が弱くなったのではなく、脳がもともと“慣れやすく”できているためです。

さらに「問題が減少すること」も不満の増加に大きく影響しています。

心理学者リヴァリらによる2018年の研究では、人の表情からその人の脅威レベルを判断しました。

その中では、脅威的だと判断された顔写真が徐々に減ると、参加者は普通の顔まで“脅威”だと判断し始めました。

また、不道徳行動の量が減少した状況では、参加者は以前なら気にしなかった軽い失礼まで「良くない行動だ」と判断する傾向が見られました。

人はある程度の“問題”を探そうとする傾向があり、実際の問題が少なくても、脳が中立的な出来事を問題として扱い始めるのです。

このように、快適への慣れで不便への耐性が下がり、問題の定義が広がることで、日常の小さな刺激でも負担が大きく感じられてしまいます。

これが、快適さが増えるほど小さなことで不満を感じるようになる理由です。

そして現代では、こうした「快適さのパラドックス」を増幅させるものもあります。

SNSが不満を増幅させる理由と「不満」を減らすための解決策

現代の不満をさらに加速させるのがSNSの存在です。

SNSは待ち時間や静かな時間をすべて埋めてしまい、強い刺激が絶えず手に入る環境をつくり出します。

その結果、短い待ち時間ですら落ち着かなく感じたり、穏やかな現実世界が物足りなく思えたりすることがあります。

また、SNSの使いすぎが睡眠の質や不安傾向と関連していることも、いくつかの研究で指摘されています。

では、この悪循環を断ち切るにはどうすればいいのでしょうか。

ケーラー氏は、 重要なのは「意図的に小さな不快を生活に戻すこと」だと指摘しています。

これは、慣れ過ぎた脳の基準をリセットするのに役立ちます。

たとえば、少しの距離であれば車を使わずに歩いたり、待ち時間にスマホを見ずに静かに過ごしたりできます。

こうすることで、脳は”小さな不快”を再び受け止められるようになっていきます。

“小さな負荷”が、私たちの不満を減らし、快適さへの感謝と心の落ち着きを取り戻してくれるのです。

現代社会はこれまでにないほど私たちを快適にしてくれましたが、そんな世界で生活しているからこそ、脳が”快適さの大波”にのみこまれないよう意識したいものです。

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参考文献

The Paradox of Modern Dissatisfaction
https://www.psychologytoday.com/us/blog/beyond-school-walls/202511/the-paradox-of-modern-dissatisfaction

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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