あなたは普段から「なんとなく不安を感じやすい」と感じたことはありませんか?
実はそうした不安体質は、生まれた後の経験や性格の影響だけでなく、「お母さんのお腹の中にいた時期」に原因があるかもしれません。
米ワイル・コーネル医科大学(WCMC)の研究チームによると、妊娠中の母親が感染や強いストレスを受けた場合、子どもは大人になってから“不安体質”になる可能性が高いことが、マウスを使った実験から明らかになりました。
この発見は、不安やストレスに悩む多くの人に「自分ではどうしようもない根本的な原因」があることを示唆しています。
研究の詳細は2025年9月23日付で科学雑誌『Cell Reports』に掲載されました。
目次
- 不安体質は「生まれる前」に脳の中で芽生えていた
- あなたの「不安体質」は、あなたのせいじゃない?
不安体質は「生まれる前」に脳の中で芽生えていた
今回の研究で使われたのは、妊娠中に「炎症」や「ストレス」を受けた母マウスと、その子どもたちです。
研究チームはまず、妊娠した母マウスに“感染やストレスに似た状態”を人工的に作り出しました。
すると、生まれてきた子マウスは成長後に「不安を感じやすい」傾向が明確に現れました。
たとえば、「安全な場所」から「少し危険な場所」へ移動することを強く避けるなど、人間でいう「緊張しやすい」「心配性」な性質が顕著に見られたのです。
さらに調査を進めると、子マウスの脳――特に「腹側歯状回(vDG)」という脳領域――に注目すべき変化が起きていることがわかりました。
この部分は「周囲の環境にどれくらい脅威があるか」を判断する役割をもつ重要な場所です。
チームが脳細胞を詳しく調べた結果、胎児期にストレス刺激を経験した子マウスの脳細胞は、ごく一部が「危険」を感じやすく、過剰に反応するようになっていたことが明らかになりました。
つまり「生まれる前」に受けた母体の影響が、子どもの脳に“見えない印”として刻まれていたのです。
あなたの「不安体質」は、あなたのせいじゃない?
さらに注目すべきなのは、脳全体ではなく、特定の細胞だけが強く影響を受けるという点です。
脳の腹側歯状回には、数十万個の神経細胞がありますが、実際に変化を強く受けて「不安を感じやすくなる」細胞は、全体のうち10〜30%ほどにとどまっていました。
しかし、この限られた細胞群が、将来的に「危険を察知すると過剰に反応し、不安を感じやすくなる」回路の中核となることが示されています。
研究では、「安全な場所」から「危険な場所」へ移動するとき、こうした細胞が先回りして強く活動し、「まだ危険が現実化していない段階で、不安や回避行動を引き起こす」ことが明らかになりました。
この仕組みは、人間の「過剰な心配」や「極端な警戒心」にも通じるものがあると考えられています。
つまり、不安体質の人は「目の前に危険がなくても、脳の一部が先回りして警報を鳴らしてしまう」状態になっているかもしれないのです。

今回の研究は、不安体質の“根っこ”が想像以上に深く、「生まれる前」にまで遡る可能性があることを示しました。
私たちが感じる「不安」や「心配性」は、単なる性格や経験だけではなく、胎児期のほんのわずかな環境の違いによっても形作られているのかもしれません。
今後はこの仕組みがヒトにも応用できるか、さらなる研究が期待されています。
そして健康な妊娠環境が、心の健康にどれほど大きな影響を持つかを社会全体で見直す時期が来ているのかもしれません。
参考文献
Inflammation During Pregnancy May Prime Offspring for Anxiety
https://news.weill.cornell.edu/news/2025/09/inflammation-during-pregnancy-may-prime-offspring-for-anxiety
Roots of Your Anxiety May Trace Back to a Time Before You Were Born
https://www.sciencealert.com/roots-of-your-anxiety-may-trace-back-to-a-time-before-you-were-born
元論文
Adverse gestational environment configures a subpopulation of ventral dentate granule cells for recruitment to drive innate anxiety
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2025.116219
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部