ラットが人の手に懐くのはなぜ?撫でることで「愛情ホルモン」が人と動物の絆をつくると判明!

私たちは、人間とペットの間に信頼関係が築かれることを知っています。

「最初は警戒していた動物でも、根気よく接するうちに懐いてくる」

そんな経験をしたことがある人も多いでしょう。

では、この「懐く」という行動の裏には、どんな脳の仕組みが働いているのでしょうか?

この素朴な疑問に、岡山大学の研究グループが答えを示しました。

彼らは、ラットが人の手に懐く過程において、脳内の特定の神経回路が、オキシトシンを介して愛着行動を促すことを突き止めました。

この研究成果は、2025年6月4日付で『Current Biology』誌に掲載されました。

目次

  • 人間と動物の「じゃれあい」にはどんな効果がある?ラットを撫でて「絆」を育む実験
  • ラットがヒトの手に懐く神経回路メカニズムが解明される

人間と動物の「じゃれあい」にはどんな効果がある?ラットを撫でて「絆」を育む実験

動物と人の間に築かれる“絆”は、私たちにとって自然なものに思えます。

しかし科学的には、その背景にある脳の働きや分子の動きはまだまだ未解明な部分が多く残っています。

特に、「人に懐く」という行動がどのようにして形成されるのかは、神経科学の分野でも重要なテーマでした。

岡山大学大学院の研究チームは、「触れ合いによって社会的な愛着行動が形成されるプロセス」を明らかにすることを目的として、ラットを用いた実験を行いました。

実験に用いられたのは、若年期から思春期にあたるラットたちです。

彼らは本来、同腹仔間でじゃれあいを行い、社会性を発達させていきます。

研究チームはこれにヒントを得て、人間の手でラットをくすぐる「ハンドリング」を、10日間にわたって実施しました。

このハンドリングでは、ラットの背後からそっと持ち上げて、優しくお腹や体を撫でるようにくすぐります。

初日は警戒していたラットたちも、日が経つごとに変化を見せ、やがて自分から人の手に近づき、“撫でて!”とねだるような行動を見せるようになりました。

その好ましさは、ラットが発する50kHzの超音波(嬉しい時の鳴き声)によっても確認されました。

また、ラットが自ら「くすぐられた部屋」を選ぶことが多くなるという傾向もはっきりと現れました。

では、こうした行動の変化は、脳内でどのようなメカニズムによって引き起こされているのでしょうか。

ラットがヒトの手に懐く神経回路メカニズムが解明される

研究チームが、ハンドリングによって人の手に懐くようになったラットたちの脳を調べたところ、特に活性化していたのが「視床下部腹内側核腹外側部(VMHvl)」という領域でした。

ここは本能的な行動(たとえば性行動や攻撃性)を制御することで知られている部位です。

特に注目されたのは、このVMHvlにある「オキシトシン受容体(OTR)」の発現量が、ハンドリングを受けたラットで顕著に増加していたことです。

つまり、繰り返しの触覚刺激によって、VMHvlにおけるオキシトシン受容体が活性化し、ラットに“愛着行動”を促す神経的な土台を形成していたのです。

さらに、DREADDs(薬理遺伝学)技術を用いて、このVMHvl内のオキシトシン受容体ニューロンを一時的に抑制すると、ラットの人の手に対する愛着行動は減少しました。

また、解剖学的解析では、オキシトシンを生成する視索上核(SON)から、VMHvlへの神経連絡が確認され、この神経回路がラットと人の手の間の愛着形成の調節に関与している可能性が示されました。

この発見は、単にラットの行動を説明するだけではありません。

オキシトシンという愛情ホルモンが、触覚刺激と組み合わさることで、種を超えて“絆”を生むという普遍的なメカニズムが明らかになったのです。

このことは、アニマルセラピー(動物介在療法)の科学的基盤にもなり得ます。

今後は、他の動物種や人間への応用研究、オキシトシン経路を活性化させる具体的な手法の開発などが期待されます。

私たちが何気なく手を差し伸べ、「撫でてあげる」という行為。

それは、言葉を超えて心をつなぐ“科学的な愛情表現”だったのです。

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参考文献

ラットがヒトの手に懐く神経回路メカニズムを解明~「愛情ホルモン」オキシトシンが鍵!~
https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id1390.html

How tickling builds trust: Scientists identify oxytocin’s role in human-rat bonding
https://www.eurekalert.org/news-releases/1092002

元論文

Oxytocin facilitates human touch-induced play behavior in rats
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.05.034

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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