ヤドカリの宿になる「新種のイソギンチャク」を日本で発見

動物

海底の世界には、私たちの想像を超える不思議な生き物たちが暮らしています。

そしてこのたび、日本の深海で、ヤドカリの「宿」となる特別なイソギンチャクの新種が熊本大学の研究で発見されました。

このイソギンチャクは淡い桃色をしており、新たに「ツキソメイソギンチャク」という名前が付けられています。

また、自らの分泌物でヤドカリのための「巻貝のような殻」を作り出すという驚くべき能力を備えていました。

研究の詳細は2025年10月22日付で科学雑誌『Royal Society Open Science』に掲載されています。

目次

  • 新種のイソギンチャク、学名は「万葉集」から命名
  • 深海生物学の新時代へ、標本が解き明かす「共進化」の秘密

新種のイソギンチャク、学名は「万葉集」から命名

発見の舞台となったのは、三重県および静岡県の海における水深200~500メートルという深海です。

この場所で、熊本大学を中心とする研究チームが、ヤドカリが背負う巻貝の殻の上で暮らすイソギンチャクを採集しました。

このイソギンチャクは、一般的なものとは大きく異なります。

自分自身の分泌物によって“巻貝のような構造物”を作り出し、ヤドカリに新たな「宿」を提供するのです。

この能力は非常に珍しく、生物学者たちの間でも謎とされてきました。

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Credit: 熊本大学(2025)

調査チームは、イソギンチャクの形態観察やDNAの分子系統解析などを実施し、これがParacalliactis属というグループの“未記載種”、つまりこれまで知られていなかった新種であることを突き止めました。

新種のイソギンチャクは、淡い桃色の体色を持つことから、万葉集に登場する愛の歌で「相手への強い気持ち」を表す色「桃花褐(つきそめ)」にちなんで、「ツキソメイソギンチャク(学名:Paracalliactis tsukisome)」と命名されました。

さらに興味深いのは、イソギンチャクが非対称な巻貝の形を自ら作り出している点です。

イソギンチャクはもともと「放射相称」と呼ばれる左右前後の区別がない体のつくりですが、ツキソメイソギンチャクは一方向に伸びていくことで、ヤドカリのための“貝殻”を形作ります。

チームは、イソギンチャクがヤドカリの貝殻の入り口部分に特定の向きで付着していることも発見し、「単純な体の動物がどうやって方向を認識しているのか?」という進化生物学の新たな謎にも迫っています。

イソギンチャクとヤドカリの間には、お互いに利益をもたらす“相利共生”が成立していることも分かりました。

炭素窒素同位体の分析によれば、イソギンチャクはヤドカリの糞などを食べて栄養を得ている可能性があり、逆にヤドカリもこのイソギンチャクと共生することで、他のヤドカリより大きな体を維持できていると考えられます。

このように、深海の闇の中で支え合う“異種同士の絆”が、双方の進化を後押ししてきた可能性が浮かび上がってきたのです。

深海生物学の新時代へ、標本が解き明かす「共進化」の秘密

本研究では、新たに採集された個体だけでなく、博物館や水族館に保管されてきた古い標本や文献も活用されました。

水族館で飼育されていた個体や、調査船によって過去に採集された標本を詳細に調べることで、ツキソメイソギンチャクが特定のヤドカリ種(アカモントゲオキヤドカリ)だけと強い結びつきを持つことや、その共生関係がきわめて長く、深いものであることも明らかになりました。

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Credit: 熊本大学(2025)

この発見は「単純な体構造しか持たない生物が、どのようにして“方向”や“空間”を認識し、特殊な構造物を作り出すようになったのか」という根源的な問いに新たな手がかりを与えるものです。

イソギンチャクとヤドカリの“共進化”の可能性は、動物の神経や行動、さらには進化の仕組みに関する重要な示唆を含んでいます。

また、ツキソメイソギンチャクは深海の底引き網漁で比較的簡単に採集できることから、今後は飼育や展示の研究も進み、単純な神経系を持つ動物がどのように体勢や空間を認識するのかを明らかにする“研究モデル生物”として期待が寄せられています。

今回の成果は、国立科学博物館や千葉県立中央博物館、各地の水族館による標本の長期保存とデータの蓄積が、深海生物の未知の生態や進化を解き明かす上でいかに重要かも示しています。

過去の標本が、現代の先端研究と結びつくことで、私たちの知らない“深海の物語”が次々と明らかになりつつあるのです。

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参考文献

[新種発⾒] ヤドカリの「宿」を作る “淡い桃⾊”のイソギンチャク ―万葉集に詠まれた「愛する気持ち」を名前に―
https://www.kumamoto-u.ac.jp/whatsnew/sizen/20251021

元論文

Mutualism on the deep-sea floor: a novel shell-forming sea anemone in symbiosis with a hermit crab
https://doi.org/10.1098/rsos.250789

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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