ミミズを掘っていた男性が2万枚の中世の銀貨を発見

スウェーデン

スウェーデンのストックホルム近郊で、人が釣り餌のミミズを掘っていたところ偶然にも中世の銀貨の大財宝を掘り当てました。

発見された銀貨と装飾品の総重量は約6キログラムにも達し、その中には銀貨が(多くは12世紀のもの)最大で約2万枚の可能性があるとされています。

これはスウェーデンの初期中世で最大級の一つと担当者は述べており、専門家たちを驚かせる「一生に一度」級の大発見となりました。

銀貨がまとまった形でこれほど大量に見つかるのは極めて珍しく、当時の歴史や経済をひもとく貴重な手がかりになると期待されています。

目次

  • 土の中から銀貨がザクザク!スウェーデン史上最大級の中世財宝発見
  • 銅の大釜に眠った2万枚の銀貨
  • 銀貨が語り始める歴史の真相

土の中から銀貨がザクザク!スウェーデン史上最大級の中世財宝発見

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Credit:ストックホルム県行政委員会

釣りが好きな方なら、庭先や川辺でエサ用のミミズを掘った経験が一度くらいはあるかもしれません。

スウェーデンに住むある人も、まさにその日常的な作業をしていただけでした。

ところが、何気なく土を掘っていたスコップが「ゴツン」と硬いものにぶつかったその瞬間、その人の日常は思いがけない方向へと転がり始めました。

まるで童話や映画のワンシーンのようですが、地中から現れたのは大量の銀貨や宝飾品だったのです。

こうした「埋蔵金発見」の夢物語は、昔話や漫画の中だけのことだと思われがちですが、今回はまさに本当の話でした。

しかし、この出来事が世界中でこれほど注目された理由は、単に「珍しいものが見つかった」というだけではありません。

この財宝の特別な価値を理解するには、スウェーデンの中世史について少し知っておく必要があります。

スウェーデンの歴史では、約12世紀(西暦1100年代)という時代は特殊で、ある重要な「空白」が存在していました。

この時期のスウェーデンの貨幣は記録が乏しく、銀貨は地金として量り売りのように使われていた可能性も指摘されています。

また、当時ドイツなどで発達したブラクテアート(極薄の片面打ち銀貨)の技術がスウェーデンにも伝わり、外国コインも流通していました。

そのため、この時代の銀貨は種類や出所が混在し、学者たちの間でも研究が進みにくい「謎の時代」になっていました。

これまでの発掘調査では、同時代の銀貨がほんの少しだけ見つかることはありましたが、まとまった数で発見されたケースはなく、考古学者たちはこの空白をなかなか埋められずにいました。

そこで今回、ミミズ掘りの最中に偶然にも大量の銀貨が発見されたことで、状況は大きく動きました。

なぜなら、この発見によって、約800年以上前のスウェーデンの人々が使っていた銀貨がどんなものであったかが、具体的に明らかになってくる可能性があるからです。

それにしても、なぜこれほどの大量の銀貨が地中深くに埋められていたのでしょうか?

考古学者たちはこれまで、「そんな大量の銀貨が地中から見つかるのは伝説や物語の中だけだろう」と半ば諦めていたのです。

一般的に、大量の銀貨が埋められている場合は、主にヴァイキング時代(8世紀〜11世紀ごろ)にまで遡ると考えられていました。

ヴァイキングは交易や略奪で獲得した財宝を地中に隠すことがあったため、その時代の埋蔵品は比較的多く見つかっています。

また、中世の後半になると貨幣経済(お金を使って商売する仕組み)が発達し、銀貨の流通量が増えます。

このため、中世初期(特に12世紀頃)という中途半端な時代に、これほどの大量の銀貨が一度に埋められるというのは非常に珍しく、考古学者の間では常識的には考えにくいことだったのです。

ところが今回の発見は、そうしたこれまでの常識を揺るがすものとなりました。

専門家たちは、この予想外の財宝を見て「これは早期中世の歴史に関する私たちの理解を変える重要な手がかりになるかもしれない」と期待を込めています。

もし本当にこの財宝が12世紀の人々によって意図的に地中に埋められたものだとしたら、いったい誰が、どんな理由でこんな大量の銀貨を土の中に隠す必要があったのでしょうか?

財産を隠す動機としては、戦乱からの避難、盗難防止、宗教的な奉納(神への捧げ物)などが考えられますが、現時点ではどれも確かなことは言えません。

この謎を明らかにすることこそが、次の調査や研究で挑むべきテーマとなるでしょう。

銅の大釜に眠った2万枚の銀貨

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宝物の中には3枚の銀貨が含まれていました。左の銀貨には「KANUTUS」と「Knut Eriksson王」の文字が刻まれ、中央のゴットランドのコインには教会の建物が描かれている可能性があり、右の銀貨は司教のコインと呼ばれていました。Credit:ストックホルム県行政委員会

人がスコップで偶然発見した銀貨の話が伝わると、ストックホルム県行政庁の専門チームがすぐさま駆けつけ、発見現場を緊急調査しました。

具体的には、財宝が埋まっている場所を丁寧に掘り進めて、中から出てきた銀貨や装飾品を一点ずつ傷つけないよう慎重に取り出し、きちんと記録していったのです。

この慎重な作業は、手術で医師が患者の体内から大事なものを取り出すようなイメージですね。

さらに驚くことに、この財宝はかなり大きな銅製の釜の中にまとめて入れられたまま埋められていました。

釜自体は土中で長い年月を経てボロボロになっていましたが、中の銀貨や装飾品はほとんどが良い状態で残されていました。

発見した人がすぐに専門家に知らせたことが幸いし、貴重な歴史遺産は安全に回収され、丁寧な調査に回されることになりました。

調査の結果、財宝の中心を占める銀貨の多くが12世紀(1100年代後半頃)に作られたものであることがわかりました。

中でも特に専門家たちの関心を引いたのは、一部の銀貨に刻まれていた「KANUTUS(カヌートゥス)」という文字でした。

これはラテン語で「Knut(クヌート)」、つまり当時スウェーデンを統治していた国王クヌート・エリクソンの名前を示しています。

このクヌート国王は12世紀末の重要な王で、この刻印のおかげで、財宝が埋められたのは12世紀末ごろではないかと考えられています。

しかし、この財宝に含まれていたのはスウェーデン産の銀貨だけではありませんでした。

当時のヨーロッパでは、さまざまな地域で個性的な銀貨が作られ、広く流通していました。

今回見つかったものにも、ヨーロッパ各地から集まってきたと思われる珍しい銀貨が混ざっていたとされています。

特に目を引いたのは「司教貨」というちょっと特殊なコインでした。

これは当時のカトリック教会の司教が自分の名前で発行していた銀貨で、司教が手に持つ曲がった杖(司教杖)をデザインとして使っているのが特徴です。

今回発見された財宝の中には、この司教貨が複数枚含まれており、宗教的にも経済的にも非常に珍しい発見となりました。

また、銀貨だけではなく、美しい装飾品の数々も見つかっています。

銀製の指輪やペンダント、ビーズ(pärlor)で飾られたものなど、多種多様な装飾品が一緒に収められていました。

さらに、フィリグリー(細い銀線をより合わせて模様を作る技法)の装飾があったことも報じられています。

こうした財宝の組み合わせを見ると、これが単なるお金の集まりではなく、長い時間をかけて受け継がれてきた貴重品だった可能性もあります。

まるで「タイムカプセル」のように、12世紀の人々の生活や価値観を閉じ込めていたのかもしれません。

さて、ここで当然浮かぶ疑問がありますね。

「なぜこれほどの宝物をまとめて土の中に埋めたのか?」ということです。

考古学者たちは、財宝の置かれ方や周辺の土壌の様子まで詳しく調べ、この謎を解き明かそうと今も現場で調査を続けています。

特に今回のように大きな釜に財宝を入れて埋めるというやり方は、中世ヨーロッパでは戦争や災害から大切な財産を守るため、あるいは神様への捧げものとして奉納する目的で行われることがありました。

この「大釜にいっぱいの銀貨」という光景を見た考古学者の一人は、「まるで虹の端に眠る宝物を本当に見つけてしまったような気分だ」と語っています。

言い換えると、この財宝はただのお金や宝石というだけでなく、当時の誰かが未来に向けて特別な想いを込めて地中深くに封じた「心のこもった宝物」だったのかもしれません。

そう考えると、この偶然の発見は単なる幸運ではなく、過去から現代への大切なメッセージを伝える出来事だったとも言えるでしょう。

銀貨が語り始める歴史の真相

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Credit:Canva

今回見つかった約6キログラムの銀貨と装飾品は、単なる財産としての価値以上に、中世スウェーデンの社会を鮮やかに映し出す手がかりです。

銀貨に刻まれた図柄や文字を調べることで、当時の交易(他の国や地域とのやりとり)や経済の仕組み、そして宗教の影響力までがわかってくる可能性があります。

また、こうした文化財は博物館で保存・展示される可能性があり、やがて市民が自分の目で直接歴史を感じられるようになるかもしれません。

しかし、この発見の社会的な影響はそれだけにとどまりません。

考古学の分野では、これまで資料が少なかった12世紀の銀貨が一度に大量に見つかったことで、当時の貨幣の使われ方や文化の広がりがこれまでよりもはっきりと理解できるようになるかもしれません。

さらに、博物館に収蔵されれば教育のための貴重な資料となり、歴史好きの人々や観光客を引きつける新たな話題にもなると期待されています。

今回の発見はまた、スウェーデンの文化環境法という法律にも改めて注目を集めることになりました。

スウェーデンでは、こうした歴史的な財宝を見つけた場合、発見者はそれを国に届け出て、国は発見者に「発見者手当」という形で報酬を支払う可能性があります。

今回、発見者の人がこのルールに従って迅速に対応したことで、財宝は安全に保護され、社会的にも理想的な形で研究へとつながりました。

今後、詳細な分析が進めば、ほかの国で見つかっている財宝と比べることで、ヨーロッパ全体の中世の経済や文化を理解する手がかりになるかもしれません。

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参考文献

Stor silverskatt från medeltiden upptäckt i Stockholm
https://www.lansstyrelsen.se/stockholm/om-oss/om-lansstyrelsen-stockholm/nyheter/nyheter---stockholm/2025-09-18-stor-silverskatt-fran-medeltiden-upptackt-i-stockholm.html

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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