ミツバチは女王に「クーデター」を起こし、政権交代を繰り返していた

ミツバチの巣には、数万匹という単位のコロニーが形成されています。

そこでは数万匹の働き蜂たちが絶えず働き、巣を守り、そしてひときわ大きな存在感を放つ「女王蜂」が君臨しています。

女王蜂といえば、コロニーの中心、絶対的なリーダーとしてイメージされますが、実はその権力の座も永遠ではありません。

ときに働き蜂たちは、女王蜂に対してクーデターを起こし、新しい女王にすげ替える“政権交代”を実行するのです。

なぜミツバチたちは女王蜂を失脚させるのでしょうか?

研究の詳細は2025年10月14日付で科学雑誌『PNAS』に掲載されています。

目次

  • 女王蜂の「失脚劇」はなぜ起きる?
  • 「フェロモン操作」でクーデターを防げる?

女王蜂の「失脚劇」はなぜ起きる?

ミツバチの世界では「取り替え(supersedure)」と呼ばれる女王蜂の交代劇がごく当たり前に起きています。

これはコロニーの働き蜂たちが「女王蜂の産卵能力が落ちてきた」と気づいたとき、密かに新しい女王蜂を育てて政権交代を果たす現象です。

まるで歴史ドラマのように、一度は忠誠を誓った臣下が、女王の衰えを見極めてクーデターを起こす。そんなシビアな世界が巣の中で繰り広げられているのです。

カナダ・ブリティッシュコロンビア大学(UBC)の最新研究によれば、この“失脚”には「ウイルス感染」という見えざる敵が大きく関わっていることが分かってきました。

女王蜂がウイルスに感染すると、卵巣が小さくなって産卵能力が低下します。

しかもそれだけではありません。

働き蜂の忠誠心を保つ「メチルオレイン酸」という特殊なフェロモンの分泌量まで減ってしまうのです。

このフェロモンは、女王の健康状態を知らせる重要なサイン。

女王が元気なら巣全体に「私は健在」という匂いを発しますが、ウイルスにやられると、その香りが弱まり、「女王が弱っているぞ!」と蜂たちにバレてしまいます。

この“においの異変”こそが、働き蜂たちが「もうこの女王には任せておけない」と感じ、新たな女王育成に動き出す引き金なのです。

研究者は「健康な女王蜂は1日に850〜3200個もの卵を産み、フェロモンも豊富。しかしウイルス感染が進むと卵も減り、フェロモンも激減する。その変化がクーデターの合図になる」と解説します。

「フェロモン操作」でクーデターを防げる?

では、養蜂家にとってこの“女王失脚劇”は良いことなのでしょうか?

実はそうとも言えません。

野生のコロニーなら新陳代謝が有利にはたらくこともありますが、養蜂現場では女王交代のタイミングがズレたり、産卵が途切れたりすると、群れが弱体化し、受粉やハチミツ生産量がガクンと落ち込んでしまいます。

この課題に対してUBCの研究チームは、驚きの「解決策」も提案しました。

それは合成フェロモン(メチルオレイン酸を含む)を巣に追加する方法です。

実験では、メチルオレイン酸入りのフェロモンを与えた群れは、新たな女王を育てる割合が明らかに低くなりました。

つまり、女王蜂が弱っても「私は健在!」という信号を補ってやれば、クーデターのリスクを下げ、巣の安定が保てるというのです。

この発見は、近年「女王蜂の失敗」や「早すぎる交代」で悩んできた世界中の養蜂家にとって朗報となりそうです。

実際、調査によると「質の悪い女王」が冬越しできない主因になっているケースも多いとのこと。

女王蜂のウイルス感染が、これまで思っていた以上に巣の安定や生産性に深刻な影響を与えていた事実が明らかになりました。

加えて、ダニなどの寄生虫がウイルスを媒介する点も再確認され、「女王蜂と巣全体を健康に保つことが、今後ますます重要になる」と研究チームは強調しています。

現時点でミツバチのウイルス感染症に有効な治療法はありませんが、ダニ対策などの管理手法を見直すことで、女王蜂の健康維持や巣の安定につなげる道が開けるといいます。

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参考文献

UBC research reveals why honey bees overthrow their queen
https://www.med.ubc.ca/news/ubc-research-reveals-why-honey-bees-overthrow-their-queen/

元論文

Elevated virus infection of honey bee queens reduces methyl oleate production and destabilizes colony-level social structure
https://doi.org/10.1073/pnas.2518975122

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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