マリーアントワネットの「黒塗りで隠された手紙」を解読した結果…

フランス

ルイ16世の王妃であり、フランス革命で悲劇的な死を遂げたマリー・アントワネット(1774-1792)。

彼女は、1789年の革命勃発から約2年にわたり、密かに手紙のやりとりをしていた相手がいました。

スウェーデンの名門貴族であるハンス・アクセル・フォン・フェルセン伯(1755-1810)です。

表向きは親友とされていましたが、これまでの研究で、実際は恋仲にあったのではないかと推測されています。

フランス保存研究センター(Conservation Research Center)は2021年の研究で、マリー・アントワネットが書き送った手紙(黒インクで塗りつぶされて読めなかった部分)の解読に成功した、と発表しました。

果たして、隠された一節にはどんな言葉が記されていたのでしょうか。

研究の詳細は2021年10月1日付けで学術誌『Science Advances』に掲載されています。

目次

  • 隠されていたフレーズを解読
  • 黒塗りしたのは「フェルセン伯本人」だった?

隠されていたフレーズを解読

調査されたのは、フェルセン家のアーカイブから購入し、現在はフランス国立公文書館(French National Archives)に保管されている15通のフランス語の手紙です。

本研究で解読されたのは、そのうちの8通の手紙で、文中の一部が黒塗りされて読めない状態になっていました。

ちなみに、2人が文通をしていた時期は、マリー・アントワネットが、夫のルイ16世とのパリ脱出に失敗し、テュイルリー宮殿で幽閉生活を送っていた頃のことです。

アントワネットが書き送った手紙、文末に検閲が入っている
アントワネットが書き送った手紙、文末に検閲が入っている / Credit: ANNE MICHELIN et al., Science Advances(2021)

研究チームは、黒塗りの背後に隠された文字を明らかにするため、「蛍光X線分析法(XRF)」という手法を用いました。

これは、対象物にX線を照射して発生した蛍光X線を検出し、それを分光することで、元素や組成分析を行うものです。

たとえば、銅(Cu)のインクで「Love」という文字を書き、そのうえを鉄(Fe)のインクで塗りつぶすとします。

これを鉄に特有の波長でスキャンすると、塗りつぶしがそのまま認識されますが、銅でスキャンすると「Love」が浮かび上がるのです。

もちろん、これは極端に単純化された例であり、手紙や塗りつぶしに使われたインクは、さまざまな元素が組み合わさってできています。

今回は、インク中の銅と鉄、亜鉛(Zn)と鉄の比率の違いを調べました。

S(硫黄)、K(カリウム)、Fe(鉄)、Cu(銅)、Zn(亜鉛)
S(硫黄)、K(カリウム)、Fe(鉄)、Cu(銅)、Zn(亜鉛) / Credit: ANNE MICHELIN et al., Science Advances(2021)

その結果、フランス語で「愛(amour)」「親愛なる友(ma tendre amie)」という短いものや、「3人の幸せのために(pour le bonheur de tous trois)」「あなたなしでは(non pas sans vous)」といったフレーズが解読されました。

ここから2人の親密さが伺われますが、研究主任のアン・ミシュラン氏は「恋仲にあったことは断定できない」と指摘します。

「手紙の内容は関係性の一面に過ぎず、2人が文章で表した感情は、周囲の危機的状況によって強められたものかもしれない」と続けました。

では、マリー・アントワネットの手紙を検閲して塗りつぶしたのは誰だったのでしょうか。

研究チームは次に、黒塗りした人物の特定を試みました。

黒塗りしたのは「フェルセン伯本人」だった?

解読された手紙
解読された手紙 / Credit: ANNE MICHELIN et al., Science Advances(2021)

この件についての有力な仮説は、検閲者がフェルセン伯の近親者の誰かであり、一族の名声を傷つけないために、誤解を招きそうなフレーズを隠した、というものです。

しかし、チームが手紙を分析した結果、まったく別のストーリーが垣間見えてきました。

筆跡鑑定により、アントワネットが書き送った手紙の多くは、フェルセン伯自身が本物の手紙を手書きでコピーしたものだと判明したのです。

また、フェルセン伯が送った手紙のインクと、コピーされたアントワネットの手紙のインクを比較したところ、元素組成がまったく同じであることが示されています。

つまり、手紙を塗りつぶしたのはフェルセン伯本人であり、政治的に危険を招く可能性のある箇所を自ら検閲して隠したというわけです。

マリー・アントワネットの肖像画
マリー・アントワネットの肖像画 / Credit: ja.wikipedia
フェルセン伯の肖像画
フェルセン伯の肖像画 / Credit: ja.wikipedia

当時、手紙の手書きコピーは、記録を残すために一般的に行われていた習慣ですが、政治的な理由でコピーすることもあります。

ただし、フェルセン伯がアントワネットの手紙をコピーして、一部を塗りつぶした真の理由は定かでありません。

ミシュラン氏は次のように述べています。

「危機の時代には、安全を確保するために、手紙の作者や内容を特定できないようにしなければならないこともあります。

想像するにフェルセン伯は、安全な手紙を王宮の人々に見せることで、マリー・アントワネットの立場を擁護しようとしたのかもしれません

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参考文献

Secret words exchanged between Marie Antoinette and rumored lover uncovered in redacted letters
https://www.livescience.com/marie-antoinette-redacted-letters-revealed

元論文

2D macro-XRF to reveal redacted sections of French queen Marie-Antoinette secret correspondence with Swedish count Axel von Fersen
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abg4266

Scientists Decipher Marie Antoinette’s Redacted Love Notes
https://gamersgrade.com/scientists-decipher-marie-antoinettes-redacted-love-notes/

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

やまがしゅんいち: 高等学校での理科教員を経て、現職に就く。ナゾロジーにて「身近な科学」をテーマにディレクションを行っています。アニメ・ゲームなどのインドア系と、登山・サイクリングなどのアウトドア系の趣味を両方嗜むお天気屋。乗り物やワクワクするガジェットも大好き。専門は化学。将来の夢はマッドサイエンティスト……?

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