ブラックホール内部は多次元の超迷路になっている

シミュレーション

フランスのパリ・サクレー大学(Paris-Saclay)で行われた研究によって、ブラックホールの内部がまるで「多次元の超迷路」のような構造を秘めている可能性が示唆されました。 

通常、光さえ脱出できない重力の井戸であるブラックホールの内側は、「特異点」という一点にすべてが押し込まれていると考えられてきました。

しかし本研究グループは、M理論や高次元ブレーン(膜)という視点を用いることで、ブラックホール内部をあたかも入り組んだ構造として描けるという新しいシナリオを提示しています。

複数のブレーンが重なり合い、情報を複雑に循環させ、時には外部へと抜け出す経路を生み出しうるのではないか――従来の常識を覆すこのアイデアはどこまで現実的なのでしょうか。

研究内容の詳細は『Journal of High Energy Physics』にて発表されました。

目次

  • 光さえ届かぬ暗黒に潜む“多層構造”を追う
  • ブラックホールの内部構造を解明する
  • まとめ:ブラックホール内部に迫る――超迷路が示す新たな可能性

光さえ届かぬ暗黒に潜む“多層構造”を追う

ブラックホール内部は多次元の超迷路になっている
ブラックホール内部は多次元の超迷路になっている / Credit:Canva

私たちがよく想像するブラックホールは、すべてを呑み込んでしまう暗い球体で、その奥深くに特異点という無限の密度をもつ点があるイメージでしょう。

ところが近年、量子力学や弦理論の視点を踏まえると、ブラックホールの内部には単なる一点ではなく、複雑に入り組んだ高次元空間が存在するかもしれないという考え方が浮上しています。

たとえるならば、何層にも重なる巨大な構造がブラックホールの内側に広がり、落ち込んだ情報をある種の「回廊」へと導くようなイメージです。

なぜこんなに回りくどい「迷路」などという概念が必要なのでしょうか。

その根本には「ブラックホール情報喪失パラドックス」と呼ばれる難題があります。

これは、ブラックホールの中に落ちた情報は本当に永遠に消えてしまうのか、それともどこかに蓄えられ、何らかの形で外部へ還元されるのか――という、大きな謎です。

従来の一般相対性理論的な理解だけでは、ブラックホールの内部はただの“特異点”として終わり、情報が失われてしまうかのように見えます。

しかし、量子力学から見れば、情報は決して完全には消滅しないと考えられています。

こうした食い違いを埋めるためには、ブラックホールの内部構造をもっと精巧に描き出す必要があるのです。

そこで登場するのが、「ブレーン」と呼ばれる高次元の膜です。

弦理論やM理論では、粒子よりも高次元の広がりを持つ膜状の存在が基本的な構成要素になり得るとされ、これをM2ブレーンやM5ブレーンなどと呼びます。

M2ブレーンとは

私たちは普段、物質を「粒子」としてイメージすることが多いですが、弦理論やM理論では「点」よりも高次元に広がった存在が重要になります。その一つがM2ブレーンです。直感的に言えば、ゴムシートのような面が広大な空間に浮かんでいるようなものを想像するとよいでしょう。これが揺らぎながら、他のブレーンや物質と相互作用することで、高次元における「場(フィールド)」や「力」を生み出すと考えられています。

M5ブレーンとは

M5ブレーンはM2ブレーンよりも次元数が高く、「5次元の広がり」をもつ膜です。数字が「5」になっているのは、時間軸を含めない空間的次元が5つあるからです。イメージとしては、さらに大きな膜状の構造が、何層にも畳まれたり、他の次元に巻き込まれたりして存在している感じです。M2が小さめの“シート”だとすれば、M5はより大きく、広い“シート”といえます。

ブラックホール内部にこのブレーンが何枚も重なり合っていると、ちょうど迷路のように入り組んだ経路ができあがり、その入り組んだ構造が「情報」を捕まえて離さない働きをしている、というわけです。

ところが、多次元にわたり複数のブレーンが交差する様子は非常に複雑です。

単純に「迷路になるかもしれない」と言っても、具体的にどのような条件で交差が起こり、そこに存在するはずの情報がいかに振る舞うのかを説明するのは容易ではありません。

しかも、この“超迷路”を完全に解き明かすには、数学的にも高度な微分方程式を解きこなす必要があります。

たとえば「M2ブレーンとM5ブレーンがどの角度で組み合い、どこに“通路”を作るのか」など、マルチレベルにわたるパラメータが絡むため、一筋縄ではいかないのです。

そこで本研究チームが注目したのは、「迷路方程式」というアプローチです。 

研究者たちは、この方程式が満たされると、驚くほど豊かなブラックホール内部の幾何学が一挙に描き出せると考えています。

たとえるならば、複雑極まりない迷路を“ただ一つの地図”で丸ごと示すようなイメージです。

しかも、この迷路構造を把握できれば、ブラックホールに落ちた情報が実際にはどのような“道筋”を通って存在し続けるのかという問題に答えられる可能性があります。

研究チームの一人はプレスリリースの中で

「この方程式が示す多彩な解が、ブラックホール内部に想像以上の柔軟性と可変性を与えている」

と述べており、情報喪失パラドックスの解決策として期待が高まっているそうです。

多次元ブレーンの配置や傾斜が少し変わるだけで、迷宮の中に新たな通路が開けたり、逆に完封状態になる可能性があるからです。

そのため今回研究者たちは、M2ブレーンとM5ブレーンの交差構造をあらためて整理・分析し、どのような条件下で“超迷路”が成立するのか、そしてその迷路が情報を保持し得る物理的機構を明らかにすることにしました。

ブラックホールの内部構造を解明する

ブラックホール内部は多次元の超迷路になっている
ブラックホール内部は多次元の超迷路になっている / Credit:Canva

ブラックホール内部の物理機構はどうなっているのか?

謎を解明するため研究者たちは、“実験”の代わりとして強力な数値シミュレーションと理論モデルの解析を組み合わせる方法を取りました。

というのもブラックホールの内部を観測装置で覗き込むようなものではないからです。私たちの住む宇宙では、ブラックホールは強大な重力井戸として近づきがたく、光さえ逃げ出せないほどの極限環境だからです。

そこであたかもコンピュータ上にブラックホールの仮想空間を用意し、そのなかで多次元ブレーンの「超迷路(supermaze)」を構築して動かしてみる――そうした手続きが行われたのです。

結果、「ブレーン同士が滑らかにつながり、“情報”が奥深くに閉じ込められる回廊ができる」ことを示す解が見つかったのです。

たとえるならば、迷路のあちこちが袋小路になっていて、そこに入り込んだ“情報”が外へは出にくくなる、というイメージです。

一方で、ブレーンの“傾斜”や“重なり方”をほんの少し変えると、逆に情報が外側へと逃げ道を見つけられるようなルートが出現するパターンもあったといいます。

これはまるで、一見同じように見える迷路でも、ほんのわずかな角度差によって出口が増えたり、ゴールとの距離が激変するようなもの。

研究者たちはこの変化の大きさこそが、ブラックホール内部の「柔軟で多彩な構造」を裏づける手がかりだと捉えています。

さらに興味深いのは、一部の解では「見かけ上はブレーンがほぼ同じ配置」に思えても、数値的に詳しく追うと内部の“回廊の形”ががらりと変わる場合があった点です。

ブレーン間に生じる“細いトンネル”のような領域が出現し、そこを通じて局所的にエネルギーや情報が移動できるのだとか。

こうした現象は、ブラックホールの情報喪失パラドックスを解決しうる可能性をより強く示唆します。

なぜなら「完璧に閉じこめられる」という状態ばかりでなく、「どこかを通って(ホライゾンの外側を含む)別の領域へ抜け出せる」シナリオも描きうるからです。

研究者曰く、

「まるで鍵のかかった迷宮の扉が、ある設定では開くけれど、ほんの少し条件を変えるだけで閉まってしまう。そういう柔軟性こそが、ブラックホール内部が意外に“情報を翻弄できる舞台”になっていることの証拠なのだ」

とのこと。

実際の数値シミュレーションは非常に膨大なパラメータを試行し、迷路方程式の解の特徴を一つひとつ整理するだけでも相当な時間と計算リソースを要するそうですが、そのぶん発見されるパターンの豊かさは驚くべきものでした。

これはブラックホール内部の多様性や、情報を保持・再放出する能力を説明するうえで大きな手がかりになるでしょう。

次のステップとしては、これら数値結果と理論解を突き合わせ、実際にホログラフィーや量子計算の観点から“迷路の出口”がどう描かれているのかをより正確に把握することが期待されています。

研究チームが「まだまだ探索しきれていない解が無数に埋まっている」と語るように、ブラックホールの内部がどれほど奇妙で興味深い世界なのか、今後ますます解明が進むかもしれません。

まとめ:ブラックホール内部に迫る――超迷路が示す新たな可能性

ブラックホール内部は多次元の超迷路になっている
ブラックホール内部は多次元の超迷路になっている / Credit:Canva

今回の研究から見えてきた姿は、ブラックホールという一見シンプルな天体が、実は「多次元的な巨大迷路」を内部に抱えているかもしれない、という驚きのイメージです。

しかも、その迷路は一度固定された構造ではなく、ブレーン(膜)の配置や角度、エネルギーのやり取りなど、ほんのわずかなパラメータの変化で形を大きく変えられるというのです。

もしブラックホールの内側が“ただの黒い空間”や“究極の特異点”ではなく、多層的で流動的な迷路のようなものだとしたら、一体どんなことが起きるでしょうか。

たとえば、落ち込んだ情報がひっそりとホライゾンの奥に閉じ込められるだけでなく、迷路を巡り巡って別の出口や通路へたどり着く――つまり、ある種の“抜け道”を通って再び外へ出られる可能性すら浮上します。

これは、ブラックホールの内側で情報が完全に消滅してしまうという従来のイメージを、根本的に書き換えるものかもしれません。

もっと言えば、「迷路」の各通路は高次元に広がるブレーンによって形成されているため、その通り道自体も柔軟に変形します。

たとえるならば、壁や床が自在に動いてしまう迷路の中で、情報という“訪問者”が四苦八苦しているイメージです。

結果として、一度ある場所に落ち着いていたはずの情報が、ブレーンの変形によってふと別の場所へ流れ込んでいく――そんな動的なシナリオもあり得るのです。

当然、このような壮大な“動く迷路”をすべて数式で描ききるのは容易ではありません。

研究者たちが導入した「迷路方程式」も、まだ一部のパラメータや特定の対称性を前提にして解かれた段階です。

それでも、今回の成果が強く示唆するのは「ブラックホールの内部は、ちょっとやそっとの条件変更で激しく構造が変わる柔軟な世界」ということです。

これは情報喪失パラドックスに関する議論で、よく言われていた「落ち込んだ情報が戻るのか戻らないのか」という単純な二択を越え、「内部の迷路の作り方次第で、さまざまなパターンがあり得る」と再認識させてくれます。

ただし、このモデルにも未解明の部分は数多く残っています。

そもそも、多次元ブレーンの配置がより複雑になればなるほど、迷路方程式はどんどん手強いものになるからです。

まだ見ぬ解や特異な構造が無数に埋まっている可能性もあります。

さらに、ブラックホールを取り巻く量子効果や実際の観測データとのすり合わせなど、まだ検討すべき要素はたくさんあります。

しかし、それこそが本研究の意義ともいえます。

ブラックホールを“真っ黒で何もわからない存在”と見なすのではなく、「内側には多層構造があって、情報を閉じ込めたり外へ逃がしたりする迷路が広がっている」と考えることで、私たちの想像力が一気に広がるのです。

たとえば、重力波の観測データやブラックホールの合体過程に、この超迷路がどんな影響を与えるのか――将来的にそうした観測結果から、この迷路の足跡を間接的に読みとる日が来るかもしれません。

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元論文

Maze topiary in supergravity
https://doi.org/10.1007/JHEP03(2025)120

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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