ビッグバン以前の宇宙に新説――重力波が宇宙を紡いだ可能性

宇宙

スペインのバルセロナ大学(University of Barcelona/UB)を中心とする国際研究チームによって、宇宙誕生の新しいシナリオが提案されました。

従来の宇宙誕生過程では宇宙が始まった直後の急激な膨張を説明するために「インフラトン」と呼ばれる謎のエネルギーが仮定されてきました。

しかし今回の研究は、こうした未知のエネルギーに頼らず、私たちがすでに観測している量子と重力だけでだけで宇宙の構造(銀河や星の元になる密度のムラ)が作られた可能性を示しています。

この画期的な提案は、宇宙論の理論モデルを大きく変える可能性を秘めており、今後の宇宙観測でその正しさを確認できると期待されています。

果たして、宇宙の誕生には本当に未知のエネルギーなど必要なかったのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年7月8日に『Physical Review Research』にて発表されました。

目次

  • 宇宙の始まりに「謎エネルギー」は本当に必要か?
  • シンプルな理論で今の宇宙構造は説明できる
  • 宇宙の始まりを描き直す挑戦

宇宙の始まりに「謎エネルギー」は本当に必要か?

現在の宇宙論ではビッグバンの前にインフレーションがあったと考えられています
現在の宇宙論ではビッグバンの前にインフレーションがあったと考えられています / Credit:早稲田大学

私たちの多くの頭の中では「宇宙誕生=ビッグバン」という理解で止まってしまっています。

しかし現代の宇宙論によれば、宇宙誕生の起源は「ビッグバン」と呼ばれる熱く密度が高い状態の出現よりも、さらに前にさかのぼると考えられています。

ビッグバンという言葉を聞くと、「すべてが一点から爆発的に生まれた」というイメージを持ちがちですが、最近の研究では、宇宙が誕生してからビッグバン(粒子が大量に生まれる高温の状態)に至るまでの間に、ほんの一瞬ですが特別な時期があったと考えられています。

その特別な時期こそが「インフレーション(急膨張)」です。

インフレーションとは、宇宙が誕生した直後、ほぼゼロに近い小さな空間が一瞬で膨張し、現在の宇宙のスケールにまで急激に拡大したという理論です。

このインフレーションを引き起こしたと仮定されているのが、「インフラトン」という未知のエネルギー(スカラー場とも呼ばれます)です。

インフラトンは宇宙を猛烈な勢いで膨張させた後、エネルギーを放出し、宇宙を高温の火の玉状態、いわゆる「ビッグバン」の状態へと移行させたと説明されてきました。

また、インフラトンが宇宙を爆発的に膨張させたおかげで、宇宙は現在見られるように大局的には均一な状態になり、ところどころに銀河の種となる微小なムラが生まれたと考えられています。

とはいえ、この理論には弱点もありました。

たとえばこの理論はパラメーターの自由度が広すぎることが知られており、「本当に予測しているのか、後から観測値に合わせているだけなのか分からない」という問題があります。

さらに、肝心のインフラトン自体が何者なのかも不明でした。

宇宙の始まりを説明する究極の理論に、誰も見たことのない架空の「インフラトン」という存在を持ち出さなければならないのは、考えてみれば皮肉な話です。

そこで近年注目され始めたのが、「インフラトンなしのインフレーション理論」です。

この理論によれば、宇宙誕生直後の姿は「エネルギーが絶え間なく揺らいでいる不思議な真空(デ・ジッター空間)」だったと考えられています。

ここでポイントとなるのが「量子ゆらぎ」という現象です。

量子力学の世界では、「何もない真空でさえ完全なゼロの状態にはなり得ず、小さな揺らぎが絶え間なく発生している」と考えられています。

ただ重要なのは、この真空(デ・ジッター空間)が理論上は非常に不安定であるという点です。

ある意味では「尖った鉛筆を机に立てたような状態」で、ほんの少しの刺激でもすぐ倒れてしまうような不安定さを持っています。

そして真空の中で絶え間なく起きる小さな揺らぎ(量子ゆらぎ)が刺激になり、空間は「自発的に」崩壊を始めると同時に急速に膨張を開始し、インフレーションが始まります。

この崩壊過程において、真空そのものがもともと持っていたエネルギーが急速に放出されることで、粒子が大量に生成されます。

「インフラトンなしのインフレーション理論」では、この過程を光や粒子が生まれた時期という意味で「放射優勢期」と呼びます。

一方、従来のインフレーション理論では同様の真空から粒子が発生する過程を「ビッグバン(熱く密度が高い状態の出現)」と呼びます。

従来の理論と新しい理論の最大の違いは、そのエネルギー源です。

従来の標準的なインフレーション理論では、インフレーションや粒子生成のためのエネルギー源として未知の存在「インフラトン」という仮想的なエネルギーを導入していました。

しかし新しい理論では、未知の存在に頼る代わりに真空そのものが最初から持っているエネルギーだと考えます。

言い換えれば、新理論はこれまでの宇宙論が必要としていた「インフラトン」という仮定を削ぎ落として、よりシンプルな理論構造で宇宙の始まりを説明しようとしているのです。

しかし真空のエネルギーで宇宙が急膨張するとなると、観察されている宇宙の網目のような大規模構造はどうやって生まれたのでしょうか?

このような大規模構造が出現するには、宇宙の非常に初期の段階で物質密度のムラが生じなければなりません。

「インフラトンなしのインフレーション理論」は、この物質密度のムラ出現をどのように理論立てればいいのでしょうか?

シンプルな理論で今の宇宙構造は説明できる

シンプルな理論で今の宇宙構造は説明できる
シンプルな理論で今の宇宙構造は説明できる / Credit:Canva

「インフラトンなしのインフレーション理論」からどうやって物質密度のムラが出現するのか?

答えを得るため、研究者たちはダークエネルギーと同じような性質を持つデ・ジッター空間(一定の割合で膨張する宇宙モデル)を使って、ビッグバン直後の宇宙を再現しました。

その中で生じる重力波が密度ゆらぎを生み出す過程を理論計算によって明らかにしました。

その結果、量子ゆらぎから生じる重力波(一次的な揺らぎ)が互いに作用し合い、“二次的”な密度ゆらぎを成長させることが判明しました。

池に小石をいくつも投げ込むと、波が互いに重なり、最初の波よりも大きな波が生まれるのと似ています。

一次重力波が「小石が生んだ小さな波」、二次重力波が「波同士が重なり合ってできるより大きな波」です。

このように生じた二次重力波は、次第に物質密度の微妙な「ムラ」を形成していきます。

研究では、こうして重力波によって作られたムラこそが、のちに銀河や星などの宇宙の構造をつくる種となったと考えられています。

つまり、今の宇宙の姿は重力波の重ね合わせの妙によって紡がれたと言えるでしょう。

さらに興味深いことに、宇宙で光や素粒子が主役となる状態(放射優勢期)になると密度ムラの成長が止まり、膨張も自然に終息へ向かうことが示されました。

理論では、重力波によって作られた密度ムラは永久に成長し続けるわけではないことが示されています。

宇宙が膨張していくと、真空の崩壊から空間内部に光や粒子が出現する時期(既存の理論でビッグバンと呼ばれる時期)が来ます。

そして光や素粒子が自由に宇宙を飛び交いはじめると、これまでとは宇宙の状況が大きく変化します。

研究では、物質が出現する時期になると、これまで膨張を続けていた宇宙の密度ムラは成長が抑えられることが示されました。

これはつまり、宇宙がインフレーションという急激な膨張を終えて安定する仕組みを自然に説明できる可能性があるということです。

これまでのインフレーション理論では、この「インフレーションの終わり方」を明確に説明することが難しかったので、これは画期的なポイントです。

実際、この新しいモデルで計算された密度ゆらぎは、宇宙全体のサイズに対してほぼ均一な強さを持ち、私たちが実際に観測している宇宙のデータとうまく一致する可能性があります。

波が砂浜に砂を寄せ集めて模様を作るように、宇宙の「時空のさざ波」(重力波)が物質を寄せ集めて銀河や星のもとになる濃淡を作ったというわけです。

つまり宇宙の創生には未知の超高エネルギーの宇宙の元となる「インフラトン」など必要なく、重力と量子力学だけで説明できる可能性が示されたことになります。

実際、研究を主導したラウル・ヒメネス博士も「私たちは何十年も、観測されたことのない要素に頼ったモデルで宇宙初期を説明しようとしてきました。

しかし、この提案の何が興奮的かというと、その単純さと検証のしやすさです。推測上の要素を付け足すのではなく、重力と量子力学だけで宇宙の構造が説明できるかもしれないと示したことです」と語っています。

宇宙の始まりを描き直す挑戦

宇宙の始まりを描き直す挑戦
宇宙の始まりを描き直す挑戦 / Credit:川勝康弘

本研究は、宇宙誕生のシナリオを大きく見直す可能性を示しています。

インフラトンという未知の存在に頼らず、私たちがすでに知っている重力と量子の原理だけで、宇宙の構造誕生を説明できるかもしれないのです。

宇宙の起源を解き明かすことは、決して机上の空論ではなく、私たちが何者でどこから来たのかという根源的な問いにもつながります。

もちろん、提案されたのはあくまで理論モデルにすぎません。

計算上は整合していても、実際の宇宙が同じように振る舞った証拠はまだ得られていません。

たとえば、このモデルが予測する原初重力波の強度は非常に低く、最先端の観測でも検出できるかどうか際どい値だと考えられています(検証は難しいとされています)。

さらに、初期宇宙には他にもさまざまな物質や相互作用が存在していた可能性があるため、この単純化されたモデルがどこまで現実に適用できるかは、今後の検証が必要です。

それでも、インフラトンという仮定に頼らずに宇宙構造の起源を説明しようとする本研究のアプローチは非常に有望です。

提示された仮説はシンプルであるゆえに反証可能性が高く、今後の観測や理論解析による検証が進むでしょう。

研究チームも、さらなる詳細な解析によってこのシナリオの妥当性をテストしていく計画です。

もしかしたら宇宙の誕生には特別な火種など不要で、最初から存在していた時空の“さざ波”こそが今の宇宙の姿の原形だったのかもしれません。

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参考文献

Forget the Big Bang: Gravitational waves may have really created the Universe
https://www.sciencedaily.com/releases/2025/07/250730030404.htm

元論文

Inflation without an inflaton
https://doi.org/10.1103/vfny-pgc2

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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