洞窟や断崖に作られたヒゲワシの巣。
その中身を調べてみると、なんと650年前の「人間の遺物」が次々と出てきました。
スペイン南部で行われたグラナダ大学(Universidad de Granada)らの最新調査で、ヒゲワシの巣が「過去の人間の遺物を同時にタイムカプセルのように閉じ込めていた」ことが明らかになりました。
巣からは骨や卵の殻だけでなく、古い靴や装飾革、投石器など、13世紀の人々が使った道具や繊維製品までが発掘されたのです。
研究の詳細は2025年9月11日付で科学雑誌『Ecology』に掲載されています。
目次
- ヒゲワシの驚くべき「コレクション癖」
- 650年前の人間とワシが「交差」した証拠
ヒゲワシの驚くべき「コレクション癖」
ヒゲワシ(学名:Gypaetus barbatus)は、ヨーロッパやアジア、アフリカの山岳地帯に生息する大型のワシの仲間です。
骨を好んで食べることから「骨食いワシ」とも呼ばれ、スペインではピレネー山脈などが主な生息地となっています。
彼らの生態で特にユニークなのは、「崖の洞窟や岩陰に巣を作り、同じ巣を何世代にもわたり再利用する」という点です。
安全な場所であれば、その巣は100年、場合によっては数百年も使われ続けることもあるのです。

今回スペイン南部で調査された12か所の歴史的ヒゲワシの巣も、そうした「長寿な巣」でした。
研究チームは2008年から2014年にかけて、保存状態の良い巣を厳密な考古学的手法で1層ずつ掘り進めました。
その結果、合計2,483点もの遺物が見つかりました。
その多くは、動物の骨や卵の殻、獲物の蹄(ひづめ)や毛、ワシ自身が集めてきた巣材です。
しかし驚くべきことに、約9%にあたる226点は「人間が作った」または「加工した」人工遺物だったのです。
巣に紛れ込んでいたのは、草で編まれた靴やバスケットの一部、羊皮の装飾片、クロスボウの矢、エスパルト草(イグサの一種)で作られた投石器やロープ、木製の槍など、まさに中世ヨーロッパの生活や文化を物語るアイテムたちでした。
ヒゲワシは、巣の補強や装飾のためにさまざまなものを集めてくる習性があります。
これらの人工遺物も、ワシ自身が興味を持って拾い集めたものと考えられます。
そして巣が何世代にも渡って使われることで、ワシたちの「コレクション」は時代を超えて積み重なっていったのです。
650年前の人間とワシが「交差」した証拠
【ヒゲワシの巣から見つかった遺物がこちら】
チームは、巣から発掘された人工遺物の一部について、放射性炭素年代測定による年代推定を行いました。
その結果、なんと最も古い靴や羊革の装飾片は「今から約650年前」、すなわち13世紀末から14世紀初頭に作られたものと判明したのです。
現代の巣材も混じっていたため、巣の中にはさまざまな時代の人工遺物が地層のように積み重なっていました。
つまり、1つのワシの巣が「過去から現在にかけてのタイムカプセル」の役割を果たしていたのです。
巣の遺物を分析することで、その時代ごとの「ヒゲワシがどんな動物を捕食していたか(骨の種類)」や「人間がどんな道具や繊維を使っていたか」まで明らかにできました。
さらに巣に残された卵殻を調べることで、過去の環境汚染の推移(農薬や重金属など)も推定できる可能性が指摘されています。
ヒゲワシの巣は、まさに「生物と文化のアーカイブ」として機能していたのです。
今回の研究は、動物の巣が「生態系や人間活動の歴史的記録」としてこれほど貴重であることを初めて明らかにしました。
将来的には、ヒゲワシ以外の鳥や動物の巣でも、同様の「過去を読み解く手がかり」が見つかるかもしれません。
また、絶滅が危惧されるヒゲワシの再導入や保全活動においても、過去の巣の記録が「生息地選びや環境復元のヒント」になると期待されています。
参考文献
Bearded Vulture nests found to have hoards of cultural artifacts—some up to 650 years old
https://phys.org/news/2025-10-bearded-vulture-hoards-cultural-artifacts.html
元論文
The Bearded Vulture as an accumulator of historical remains: Insights for future ecological and biocultural studies
https://doi.org/10.1002/ecy.70191
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部