米ミシガン州のサクランボ農園で、ある小さな猛禽類が“農家の救世主”として注目を浴びています。
その正体は、体長わずか23センチの「アメリカチョウゲンボウ」です。
このハヤブサ科の猛禽類が、サクランボをついばむ鳥たちを追い払い、作物の汚染リスクを下げる“空の警備員”として大きな効果を発揮することが、ミシガン州立大学(MSU)の研究で明らかになったのです。
研究の詳細は2025年11月26日付で科学雑誌『Journal of Applied Ecology』に掲載されています。
目次
- サクランボ農家が悩む「鳥害」と「汚染リスク」
- 小さなハヤブサが“大きな成果”を生む
サクランボ農家が悩む「鳥害」と「汚染リスク」
ミシガン州、ワシントン州、カリフォルニア州、オレゴン州などの地域では、サクランボ農家が毎年必ず直面する問題があります。
それは「鳥が実を食べてしまう」という単純ながら深刻な被害です。
どれほど対策を講じても、年間で5〜30%もの作物が失われることがあり、農家にとって頭の痛い課題になっています。
さらにもうひとつ無視できない問題があります。
鳥は果実を食べるだけでなく、サクランボの木にフンを落としていくのです。フンには時に病原体が含まれ、食品安全への懸念にもつながります。
実際に、研究チームが農園で採取したフンをDNA解析したところ、およそ10%からカンピロバクター菌が検出されました。
人に下痢や発熱を引き起こす代表的な食中毒菌です。
もちろん、これまでカンピロバクターによる食中毒がサクランボと関連づけられたケースはありません。
しかし、葉物野菜など他の作物では鳥のフンがリスク要因になることがあり、安全性の観点からも鳥害対策は重要と考えられています。
農家はこれまで、かかし、スプレー、音の出る装置、ネットなど様々な対策を導入してきました。
しかし費用がかかる割に効果が限定的で、「完全に鳥を防ぐ」のは現実的に難しい状況でした。
そこで研究者たちが目をつけたのが、自然界にすでに存在する“鳥の天敵”でした。
小さなハヤブサが“大きな成果”を生む
ミシガン州立大学の研究チームは、ミシガン州北部にある8つのサクランボ農園に巣箱を設置し、アメリカチョウゲンボウを誘致する実験を行いました。
アメリカチョウゲンボウ(学名:Falco sparverius)は木の穴など小さな空間に巣をつくる習性があるため、巣箱にはすぐに入居し、繁殖を開始しました。
そして収穫期が近づく7月、研究者たちは果樹園に訪れる鳥の種類と数を詳細に記録しました。
すると驚くべき結果が現れました。
アメリカチョウゲンボウが巣箱付近にいる農園では、コマドリやムクドリといった、サクランボを食べることで知られる鳥たちの来訪が大幅に減少したのです。
さらに、サクランボの損傷リスクは、チョウゲンボウ導入前の10倍以上低下していました。
つまり、アメリカチョウゲンボウが農園の上空を巡回するだけで、小鳥たちが近寄りにくくなるのです。
効果はそれだけではありませんでした。
研究者が樹木の枝に付着したフンの痕跡を調査したところ、
フンの量は最大3分の1に減少 していました。
鳥の来訪が減ればフンも減る──これは食品安全の観点からも大きなメリットです。
もちろん、アメリカチョウゲンボウ自身もフンをします。
しかし、チームは「果実を食べる鳥たちを遠ざける効果のほうが圧倒的に大きい」と指摘しており、巣箱近くの木は明らかにフンの量が少なかったと報告しています。
この結果は、ハヤブサ類を農作物の生態管理に活用する有望性を示すもので、特に食中毒リスクの高い作物(葉物野菜など)でも役立つ可能性があります。
ただし、アメリカチョウゲンボウは地域によって定着のしやすさが異なるため、すべての農園で万能とはいえません。
それでもチームは「低コストで維持管理が簡単な対策として価値がある」と結論づけています。
参考文献
Falcons help keep bird poop off your delicious cherries
https://www.popsci.com/environment/falcons-cherries-bird-poop/
Michigan cherry farmers find a surprising food safety ally: falcons
https://www.eurekalert.org/news-releases/1106971
元論文
Falcons reduce pre-harvest food safety risks and crop damage from wild birds
https://doi.org/10.1111/1365-2664.70209
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

