セックスには傷の治癒を早める効果がある──愛情ホルモンがカギ

ストレス

ドイツのハイデルベルク大学医学心理学研究所(Heidelberg)で行われた研究によって、「愛情」と「オキシトシン」の組み合わせが、傷の治りを早める可能性が示されました。

研究では若いカップルを対象に、愛のホルモンとして知られるオキシトシンの投与とカップル間の愛情を組み合わせた処置を実施し、傷が治るまでのスピードを比較しました。

その結果、愛情とオキシトシンが重なるときに治癒速度の向上が起こると判明。

加えてここにセックスの要素が追加されると、ストレスも低くなり、治癒速度のさらなる上昇がみられました。

果たしてこの「愛×ホルモン」の仕組みは、私たちの日常や医療にどのような変化をもたらすのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年11月12日に「JAMA Psychiatry」にて発表されました。

目次

  • 愛と健康は繋がっている
  • セックスが傷を治す?鍵となるのは“愛情ホルモン”

愛と健康は繋がっている

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Credit:Canva

誰でも一度は「恋愛で人は元気になる」と耳にしたことがあるでしょう。

実際に「誰かと良い関係を持っている人は健康で長生きしやすい」ということは、多くの研究で繰り返し確認されています。

たとえば、パートナーや配偶者がいる人は、そうでない人に比べて病気にかかりにくく、また病気になったときの生存率も高いことが知られています。

実際、親しい人との触れ合いやハグなど積極的なスキンシップはストレスホルモン(コルチゾール)の分泌を抑え、自律神経や心の緊張を和らげる効果があると、様々な実験で示されています。

反対にストレスは体の治癒力にブレーキをかけます。

精神的な緊張状態にあると傷の治りが遅れることが研究で確かめられており、実際に夫婦喧嘩をさせる実験では傷の治癒が明らかに遅れたとの報告もあります。

ストレスで交感神経のボリュームが上がりっぱなしになると免疫の働きが鈍ってしまうため、傷の修復にも時間がかかってしまうのです。

言い換えれば、愛情に満ちた触れ合いは体内のストレス反応という「音量つまみ」を下げ、自己治癒力を引き出す天然の鎮静剤なのかもしれません。

では、こうした「愛情の力」を生み出している具体的なメカニズムは何なのでしょうか?

ここで登場するのが、近年大きく注目されている「オキシトシン」というホルモンです。

オキシトシンは、「愛情ホルモン」あるいは「絆ホルモン」とも呼ばれていて、人と人との親密な触れ合いや抱擁、母親と赤ちゃんの間の触れ合いなど、心地よいスキンシップによって脳の中で自然に分泌される物質です。

オキシトシンが多く出ると、気持ちが落ち着いて安心感や信頼感が増す効果が知られています。

実際に、動物を対象にした実験では、このオキシトシンを投与すると傷の治りが早まるケースも報告されています。

しかし、この「オキシトシンが傷の治癒を促す」という現象が、人間でも本当に起きるかどうかについては、これまで十分な科学的証拠がありませんでした。

そこで今回研究者たちは人間を対象にした実験で「愛情が体を癒す科学的メカニズム」を解明することにしました。

人間において「愛の力で傷が治りやすい」という物語のようなことが、本当にあるのでしょうか?

セックスが傷を治す?鍵となるのは“愛情ホルモン”

セックスが傷を治す?鍵となるのは“愛情ホルモン”
セックスが傷を治す?鍵となるのは“愛情ホルモン” / Credit:Canva

愛は傷に効くのか?

謎を解明するため研究者たちはまず平均27歳の健常な男女カップル80組(160人)を募集し、それぞれの前腕に直径7mmほどの小さな水ぶくれ傷を人工的に4つずつ負ってもらいました。

これらの傷は全員同じ大きさ・深さになるよう標準化されており、治癒の進み具合を客観的に評価するためのものです。

その後、各カップルは無作為に4つのグループに振り分けられました。

(※医師にも誰がどの処置を受けるか分からない二重盲検試験です)

ここで使われたのが「オキシトシン」という点鼻スプレーで、鼻に吹きつけると脳に届きやすい特徴があります。

4グループのうち2グループはこのオキシトシン入りのスプレーを1日に2回、5日間使い続けてもらいました。

残りの2グループは、オキシトシンが入っていない「プラセボ(偽薬)」スプレーを同じように使用しました。

さらに、2グループの片方にはパートナーと10分程度の「感謝の気持ちを伝え合う会話」を週に最大3回行ってもらい、もう片方は特に課題を与えられず、普段どおり自由に過ごしてもらいました。

つまり、参加者は (1)「オキシトシン+感謝の会話」(2)「オキシトシンのみ」(3)「プラセボ+感謝の会話」(4)「プラセボのみ」という四群に分類されました。

こうしてカップルたちは普段の生活に戻りましたが、研究はここで終わりません。

その後5日間、1日6回スマホでアンケートに答えてもらいました。

アンケートでは、その時のストレスの感じ方や、パートナーと「どんなスキンシップ」をしたか(会話、ハグ、セックスなど)を詳しく記録してもらいました。

さらに、毎日「唾液」を採取し、ストレスホルモンである「コルチゾール」の濃度を調べることで、体の内部で起こっている変化を客観的にチェックしました。

こうした手順で集められたデータを分析した結果、まず オキシトシン単独では傷の治癒速度にほとんど影響しない ことが分かりました。

また感謝の会話だけでも有意な効果は得られませんでした。

しかし、オキシトシン投与と会話タスクを組み合わせたカップルでは、傷の治りが他の群に比べて有意に速まる傾向が見られました。

この結果は、オキシトシンは親密な会話よる健康効果を増幅する可能性を示しています。

ところが、データをさらに詳しく解析すると、ある条件下で顕著な違いが浮かび上がりました。

オキシトシンを使っていたグループの中で、「セックスなどの肉体的なスキンシップ」を頻繁に行ったカップルほど、さらに傷の治りが早まっていたのです。

この「セックス頻度と治癒速度の相関」はオキシトシン非投与群では見られず、オキシトシンの作用下でのみ現れる現象です。

さらに日々の「愛撫やハグ」の頻度についても、セックスの場合と同様にオキシトシン投与下で高頻度なほど傷の治りが良い関連が確認されました。

では、そのメカニズムは何でしょうか。

分析によれば、セックスの頻度が高かったカップルほど、唾液から測定されたストレスホルモンのコルチゾールが低く保たれていました。

これまでの研究によりコルチゾールが慢性的に高い状態だと免疫が低下し、傷の治癒を遅らせることが知られています。

反対にコルチゾールが低い状態では、免疫が正常に働きやすくなり、炎症が早く収まって、傷口がスムーズに治る環境が整うのです。

つまり、オキシトシンの後押しを受けたセックスがストレスを軽減し、身体の自然な治癒力を引き出している可能性が考えられます。

こうした仕組みは、単にロマンチックで微笑ましい話にとどまりません。

研究チームは今回の発見が、「人間関係がもつダイナミックな力」と「体内ホルモンの調整」という2つを組み合わせた新しい医療アプローチにつながる可能性を示唆しています。

もしかしたら未来の病院では、手術後の回復や病気の回復を助けるために、薬だけでなく、ポジティブなコミュニケーションやスキンシップを医学的に取り入れられているかもしれません。

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元論文

Intranasal Oxytocin and Physical Intimacy for Dermatological Wound Healing and Neuroendocrine Stress
https://doi.org/10.1001/jamapsychiatry.2025.3705

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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