「ストレス」と聞くと、多くの人は体に悪いもの、できれば避けたいものと感じるでしょう。
しかし、大阪大学微生物病研究所(RIMD)の最新研究で、ある種類のストレスは、私たちの皮膚の若さを守るカギとなる可能性が示されたのです。
しかもそのヒントをくれたのは、超短命の小さな魚「ターコイズキリフィッシュ」でした。
チームは、わずか数カ月で一生を終える「超速老化魚」を使った実験で、細胞が受けるストレスが皮膚の幹細胞を若く保つことを初めて明らかにしました。
この仕組みはヒトの肌にも働いている可能性があり、将来的に肌の老化を遅らせる新たな治療や予防法につながるかもしれません。
研究の詳細は2025年10月12日付で科学雑誌『Aging Cell』に掲載されています。
目次
- 数カ月で死ぬ「超速老化魚」を使った研究
- 細胞ストレスが「若さのスイッチ」だった
数カ月で死ぬ「超速老化魚」を使った研究
まず、なぜ「ストレスで肌が若返る」などという現象を探ろうとしたのでしょうか。
実は、私たちの肌の一番奥深くには、「表皮幹細胞(ひょうひかんさいぼう)」と呼ばれる“肌を作るもと”となる細胞が存在しています。
この幹細胞は、けがをしても新しい細胞を生み出して修復したり、日々の新陳代謝で皮膚を入れ替えたりと、とても重要な働きを担っています。
ところが、年を取るとこの幹細胞のパワーが弱まり、皮膚の回復力や若々しさが失われていきます。
これが肌のたるみやしわ、傷が治りにくくなる原因の一つなのです。
「どうすれば幹細胞の“若さ”を保てるのか?」
その答えを探るためには、皮膚がどんなふうに老化していくのかを分子レベルで詳しく調べる必要があります。
しかし、従来の老化研究は、実験動物(マウスやゼブラフィッシュなど)が何年も生きるため、結果が出るまでに非常に長い時間がかかってしまうという大きな課題がありました。
また、人の肌で起きている分子の変化を、他の動物でそのまま再現・解析するのも難しかったのです。
そこで研究チームが注目したのが「ターコイズキリフィッシュ」という超短命魚です。

この魚はアフリカの乾燥地帯にすむ体長4cmほどの小さな淡水魚で、なんと生後1カ月で大人になり、その2〜3カ月後には老化して一生を終えます。
つまり、この魚を使えば、たった数カ月で“老化”が一気に進み、短期間で老化現象を観察できるのです。
しかも、キリフィッシュは人間と同じ「脊椎動物」に分類されていて、神経や臓器の老化現象もヒトと似ていることがわかっています。
チームは、7年かけてこの「謎の超短命魚」を老化研究のモデル動物として育て上げ、最新の分子解析技術をキリフィッシュに適用できるようにしました。
このおかげで、「肌の老化がどんなふうに進むのか」「幹細胞がどのように老いるのか」を、世界でも類を見ないスピードで詳しく解明できるようになったのです。
細胞ストレスが「若さのスイッチ」だった
それでは、ターコイズキリフィッシュを使った今回の研究では、どんな発見があったのでしょうか。
カギとなったのは「小胞体ストレス」と呼ばれる現象です。
これは、細胞の中にある「小胞体(しょうほうたい)」という場所で、タンパク質が正しく作られない(=異常タンパク質がたまる)ときに起きる“細胞のストレス反応”のことを指します。
通常、小胞体ストレスは細胞にとって危険な状態で、長く続くと細胞が壊れてしまいます。
しかし、実はこのストレスに対抗する「小胞体ストレス応答」という仕組みが細胞には備わっており、普段は異常タンパク質を減らして細胞の健康を守っています。
チームは、キリフィッシュの肌細胞で、この小胞体ストレス応答がどのように働いているかを観察しました。
すると驚くべきことに、「皮膚の基底層(きていそう)」にある若い幹細胞では、この小胞体ストレス応答が活発になっていたのです。
しかも、年をとるにつれてこの仕組みは働かなくなり、幹細胞の増殖力が低下していることも明らかになりました。
さらに、老化したキリフィッシュに「小胞体ストレスを強制的に起こす薬剤」を与えると、なんと幹細胞の“若さ”がよみがえり、増殖力も復活することがわかりました。
この変化を細胞レベルで詳しく調べるために、チームは「空間トランスクリプトミクス」という最先端の技術も活用。
この技術では、興味のある細胞だけを選んで、どんな遺伝子がどのくらい働いているかを一気に測定できます。
その結果、老化で失われていた「若い幹細胞の特徴的な遺伝子パターン」が、ストレスを与えたことで見事に“若返った”のです。
さらに、幹細胞の増殖をうながす新たな遺伝子「Vcp」も見つかりました。
Vcpは、年齢とともに働きが落ちてしまうものの、ストレスによって再びスイッチが入ることがわかりました。
このように、「細胞ストレスへの応答」が若い幹細胞の維持に不可欠な働きをしていることが初めて証明されたのです。
この仕組みはキリフィッシュだけでなく、マウスやヒトの皮膚細胞でも同じように働く可能性が高いことも、追加の実験で確認されました。
ヒトの皮膚細胞でもストレス応答を活性化させると、細胞の増殖が促進されることが示されています。
ストレスと若返りの意外な関係が明らかに
今回の研究は、「ストレス」とは必ずしも悪者ではなく、上手に活用することで肌の若さを守る力になりうることを示しました。
普段は細胞を守る防御システムとして働く「小胞体ストレス応答」が、実は皮膚幹細胞の若返りにも一役買っていたのです。
しかも、この仕組みは人間の肌にも共通している可能性が高く、今後の研究次第では「ストレスを活かした新しいアンチエイジング法」が実現するかもしれません。
参考文献
超速老化魚を使って皮膚の若さを保つメカニズムを解明(石谷研がAging Cellに発表)
https://www.biken.osaka-u.ac.jp/achievement/research/2025/250
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部