駐車場の隅や川辺、公園の草むらに「置き去りにされたショッピングカート」を見かけたことはないでしょうか。
普段は便利なカートも、使い終わったあとにそのまま放置されてしまうと、街や自然の中でサビついて転がる存在になります。
実は、そんなショッピングカートの放置が、私たちの想像以上に環境に深刻なダメージを与えていることが、イギリス・ウォーリック大学(University of Warwick)の最新研究で明らかになりました。
彼らは、カート1台ごとの「環境コスト」を詳しく調べ、放置・回収・再生・新規製造がどのくらい地球に負担をかけているのかを数字で示したのです。
この研究成果は、2025年3月18日に『Sustainability』誌に掲載されました。
目次
- イギリスでは毎年52万台のショッピングカートが放置されている
- 全ての放置ショッピングカートを回収すると、「ガソリン車80台分」のCO₂が排出される
イギリスでは毎年52万台のショッピングカートが放置されている
ショッピングカートは買い物客にとって当たり前の道具ですが、一方で世界各地の街や自然の中で「迷子」になっています。
イギリスでは、毎年およそ52万台ものカートが店舗の外に持ち出され、戻されずに放置されていると推計されています。
この問題は、景観の悪化や事故の原因、さらには環境破壊や経済的損失など、さまざまな社会的コストを生んでいます。
では、なぜ人々はカートを所定の場所に戻さないのでしょうか。
アンケート調査によれば、「回収ポイントが駐車場から遠い」「荷物を車に積んだあと戻すのが面倒」といった理由が最も多く、「子どもや若者が遊び半分でカートを持ち出してしまう」ケースも多いことが分かりました。
国や地域によっては、「カート自体が生活道具として盗まれ再利用される」ケースもあり、単純な「マナー問題」ではない背景もあります。
こうした現状を受け、研究チームは「放置カートが本当にどれだけ環境に負荷をかけているのか」を明らかにするため、ライフサイクルアセスメント(LCA)という方法を使いました。
この手法は、カート1台が「原料採掘→製造→運搬→使用→放置→回収→再生」という一連の流れの中で、どこでどれだけCO₂(二酸化炭素)が排出され、どれだけの資源が使われるかを細かく調べるものです。
具体的な調査はイギリス・コヴェントリー市の郊外で行われ、現場で回収されるカートの数や修理台数、実際に使われている車両の燃費や走行距離、カートの素材や重さ、さらには製造拠点からの輸送まで、現実のデータを使って分析されました。
全ての放置ショッピングカートを回収すると、「ガソリン車80台分」のCO₂が排出される
調査の結果、カート1台を新たに製造すると約65kgものCO₂が排出されることが分かりました。
一方で、放置カートをディーゼルバンで回収し店舗に戻すだけなら0.69kgでした。
また損傷カートを工場に運んで再生(修理・再メッキなど)しても5.5kgです。
つまり、放置カートを回収・修理する方法は、新規製造に比べて92~99%もCO₂排出を減らせるという驚きの事実が示されたのです。
さらに、「一台のカートを何度も回収して使い続けても、新品を作るほどの環境負荷にはならない」という計算もされています。
実際、同じカートをディーゼル車で93回回収しても、新品1台分のCO₂排出量と同じ程度にしかなりません。
つまり、どんなに手間をかけて回収しても、新規製造を繰り返すより環境への負担は圧倒的に少ないということです。
では、イギリスで毎年放置される52万台のカートをすべて回収することは、どれほどの環境負荷を与えるものとなるのでしょうか。
研究チームは、「合計343トンものCO₂が排出される」と推定しています。
これはガソリン車80台が1年間の走行した際に排出されるCO₂と同量です。
たとえ環境負荷が一番少ない方法を選んだとしても、これほどのCO₂が排出されるとは驚きです。
これにショッピングカートの修理が加わったり、新規製造が必要になったりすると、CO₂排出量は一気に跳ね上がることになります。
ちなみに、放置カートによる影響はCO₂排出だけにとどまりません。
川や水路に捨てられたカートはごみや落ち葉をせき止め、洪水の原因になることもあります。
ボートや車の損傷、歩行者や子どものケガ、都市景観の悪化、公園や道路の「使いにくさ」も大きな問題です。
また、カートの回収や修理にかかるコストは小売店の経営にも重くのしかかっています。
こうした状況を受けて、研究チームは物理的な対策(バリア設置・車輪ロック・コイン返却式・監視カメラの導入)や、心理的アプローチ(「監視されていますよ」と感じさせるサインや、「戻すのが当たり前」という社会的な空気作り)が重要だと指摘しています。
そして今後は、より環境に優しい素材や、簡単に修理できるカートの開発も求められています。
買い物のあと、つい手近な場所にショッピングカートを置きっぱなしにしたり、自分の都合の良い場所へと持っていきたくなったりするでしょうか。
その一台が環境にも社会にも思わぬダメージを与えていることを、ぜひ心にとめてください。
参考文献
Abandoned Shopping Carts Do More Damage Than You Think
https://www.sciencealert.com/abandoned-shopping-carts-do-more-damage-than-you-think
The environmental toll of abandoning a shopping trolley
https://phys.org/news/2025-09-environmental-toll-abandoning-trolley.html
元論文
The Environmental Impact of Collecting and Processing Abandoned Shopping Trolleys in the UK
https://doi.org/10.3390/su17062692
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部