サル(マーモセット)は報酬がなくてもスマホ中毒になる

テクノロジー

スマートフォンやタブレットの画面を、何となく“ぼんやり”と眺め続けてしまうことは誰にでもあるはずです。

ニュースや動画アプリ、SNSの通知など私たちの指はつい画面をタップし続けてしまいます。

しかし、この特に意味もなくついついスマホをいじってしまうという行動はなぜ起きるのでしょうか?

実は、これは私たち人間だけの問題ではないかもしれません。

最近、日本の公益財団法人実中研(Central Institute for Experimental Medicine and Life Science)の安東 潔(Kiyoshi Ando)氏は、「ご褒美となるエサや水がなくても、サルがタブレット画面に夢中になる」現象を初めて実験的に示しました。

この研究で観察されたのは、体重250〜450グラムほどの「コモンマーモセット」という小型のサルで、彼らはiPadをケージ内に設置すると、映像や音だけが変化する画面を繰り返しタップする様子を見せました。

しかも驚くべきことに、サルたちはこの行動によってエサや水がもらえるわけでもないのに、まるで人間のスマホ依存のような行動を見せ始めたのです。

この研究の詳細は、2025年4月2日付けで『International Journal of Comparative Psychology』に掲載されています

目次

  • サルも“画面の魔力”に引き込まれる?人間と動物をつなぐ実験の舞台裏
  • サルも“やめられない止まらない”画面の魔力と依存の正体

サルも“画面の魔力”に引き込まれる?人間と動物をつなぐ実験の舞台裏

スマホ依存は人間だけの現象なのでしょうか。

感覚的な刺激だけで行動が維持されるかを確かめるため、今回の研究ではエサや水を用いず、映像と音だけを“報酬”とするサルのスマホ実験を世界で初めて行いました

これまでの動物行動の研究では、ご褒美(報酬)としてエサや水などの物質的な報酬を与えることが一般的でした。

たとえば、サルがレバーを押すとジュースがもらえるという実験がよく行われています。

この場合、サルはご褒美がもらえるから何度もレバーを押すようになります。

一方で、人間がスマホを触る理由は、食べ物やお金といった明確な報酬があるからではありません。多くの場合、画面の中で画像が動いたり音が鳴ったりする感覚的な変化があるだけです。それなのに、なぜ私たちの指は止まらなくなるのでしょうか。

研究に登場したコモンマーモセット(Common marmoset、学名:Callithrix jacchus)は、南米原産の小型のサルです。体重はおよそ250〜450グラムで、成獣のラットほどの大きさです。おとなしくて飼育しやすく、脳の構造や社会性もヒトと似ているため、神経科学の分野でも人気の高い動物モデルです。

今回の研究では、コモンマーモセットの生活ケージにiPad(タブレット端末)を設置しました。

Credit:Kiyoshi Ando, International Journal of Comparative Psychology (2025) CC BY 4.0

ちなみに実験に使われたiPad®は標準的サイズ(約10インチ/24×17cm程度)で、人間の手には普通の大きさですが、マーモセットの身体が小さいためとても大きく見えています。このiPadの画面には、さまざまなサルの無音動画が9つ同時に表示されていて、コモンマーモセットがどれかの動画に触れると、その動画だけが画面いっぱいに拡大され、同時にサルの鳴き声がスピーカーから流れます。

ここで重要なのは、画面の変化や音が唯一のご褒美であり、エサや水といった直接的な報酬は一切与えられていないことです。そして1回10分間程度の利用を、週に2〜3回、2か月にわたってサルたちは繰り返しました。

はたしてサルたちは、ご褒美のエサなしでも画面をタップし続けるのでしょうか。

サルも“やめられない止まらない”画面の魔力と依存の正体

2カ月にわたる実験の結果、10頭のコモンマーモセットのうち8頭が「画面をタッチする行動」を自発的に覚えました

サルたちは毎回、ケージにiPadが設置されると、迷うことなく画面の動画をタップし始め、タッチによる映像の拡大とサルの鳴き声が流れると、さらに何度も指を伸ばすようになったのです。

面白いことに、どの動画を選ぶかには個体ごとのクセが見られ、お気に入りの映像に集中して何度もタッチするサルもいました

研究では、さらに興味深い実験も行っており、画面をタッチすると単に画面が真っ黒になるだけというバージョンも試されました。すると、一部のサルでは画面タッチの回数が大きく減りましたが、なんと一部のサルでは黒画面への変化だけでも、なお画面タッチが続いたのです。

つまり、なにか面白いものが見られるという結果が伴わなくとも(たとえ黒画面になるだけでも)、目の前で画面が変化すること自体が彼らの行動を後押ししていたといえます。

この結果は、人間の“スマホ中毒”の根底に何があるのかを説明するかもしれません。

私たちも新しい情報の追加や通知があったわけでもないのに、ただ意味もなく何度もスマホの画面をチェックして、延々と操作を繰り返してしまうことがあります。

研究者は、サルの行動が「オペラント行動(operant behavior)」、つまり自分の行動によって世界が変化することを学び、行動を繰り返す現象として成立していることを指摘しています。

今回の実験では、食べ物や水という物質的な報酬がなくても、「画面の変化」や「音」といった感覚的な刺激だけで行動が維持・強化されることが示されました。

しかも一部のサルでは、ご褒美の刺激さえ消えても、何かしらの変化が起こること自体がやめられない原因となっていたのです。

これは、スマホやタブレットに熱中する人間の行動とも重なります。

新しい通知や画面の更新が起こるたびに、脳はちょっとした変化を強く求めるようになります。そうして、報酬がなくてもつい画面を見続ける「依存」のような行動が生まれるのです。

今回の成果は、単にサルの学習能力を示しただけでなく、感覚刺激だけで依存的な行動が形成されうるという重要な手がかりとなりました。

今後は、なぜ一部の個体が変化そのものにやみつきになってしまうのか、その脳のしくみや神経回路の解明が進むことが期待されています。

この研究は、人間社会で急増している「デジタル依存」や「スマホ中毒」のメカニズムを、科学的に解き明かす大きな一歩になるかもしれません。

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元論文

Tablet Screen-Touch Behavior with Audiovisual Stimulus Consequences in the Common Marmoset (Callithrix Jacchus)
https://doi.org/10.46867/ijcp.21145

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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