「競争に負けてプライドを傷つけられると暴力的になる」というイメージはよく耳にしますが、実は“勝利”が人をより攻撃的にする可能性がある――。
アメリカのサウスフロリダ大学(USF)で行われた研究によって、サイコパス的傾向(他者への共感の低さや支配欲の強さ)が高い男性が競争に勝つと、むしろ性的な攻撃性を強めることが示唆されました。
特に「対人操作や感情の希薄さ」を特徴とするタイプのサイコパス傾向を持つ人々でその傾向が顕著だったと報告されています。
一般的に、男性の性的攻撃性は失敗や挫折感など“ステータスの脅威”から来ると考えられがちでした。
しかし、この研究では「競争で勝利して権力感を得た」男性ほど、好まない相手に対して露骨な性的コンテンツを送りつける行動をとりやすいことがわかったのです。
しかも、勝敗の結果が重要だったのは、いわゆる衝動的・反社会的なサイコパス特性ではなく、計算高く冷酷なタイプ――すなわち自分が優位に立ったと認識した瞬間、支配欲と結びついて“勝者”の立場を誇示しようとするタイプでした。
この発見は、従来の理論が重視してきた“社会的権力”や“オス同士の競争”という概念を統合的に検証した成果ともいえます。
勝利の副作用はサイコパスに何を起こすのでしょうか?
研究内容の詳細は『Aggressive Behavior』にて発表されました。
目次
- 勝つと凶暴化?常識を覆す“勝利”の副作用
- 負け犬より勝ち馬が怖い:サイコパス男性がエロ画像を送りまくる
- 社会が防ぐべき“勝者の暴走”
勝つと凶暴化?常識を覆す“勝利”の副作用

男性が性的な攻撃性を示す要因については、大きく二つの理論が長らく議論されてきました。
一つは「男性が優位に立ちやすい権力構造が性的暴力を助長する」という視点で、フェミニスト理論とも呼ばれます。
もともと女性が社会的不平等に置かれてきた現実を告発し、そこから派生するあらゆる暴力構造(特に男性による女性への支配)を批判・研究する潮流が“フェミニズム”であり、歴史的に男性が有利になりやすい制度や文化が残っていると、日常生活の中でも攻撃的行動をとる誘因が高まると考えられているのです。
もう一つの理論は、「進化論的視点」です。
これは主に動物行動学や進化心理学などの知見をもとに、オス同士の地位争いや闘争本能が男性の攻撃性に影響すると説明します。
ライオンの群れなどでボスの座を失うと、繁殖や生存に不利な状況に追いやられる――人間社会にも似たような競争構造があるのではないか、というわけです。
しかし実際のところ、男性の性的攻撃性がどのように生じるかは、これら二つの理論だけでは必ずしも説明しきれないようです。
たとえば、単純に「負けて悔しいから攻撃的になる」というわけではなく、むしろ“負けたことで意欲が削がれ、攻撃行動までには至らない”と示唆する研究結果も存在します。
これは動物実験でも見られる現象で、敗北が決定的になると闘争欲が急速に萎縮し、結果的に性行動まで減少するケースがあるのです。
人間社会でも、敗北した途端にやる気を失い、攻撃衝動がすっかり消えてしまう例は少なくありません。
一方で、「勝利」と「性的攻撃性」の関係を探る研究も増えています。
スポーツ心理学では、試合に勝利した男性アスリートのテストステロン値が急上昇して興奮状態が続き、攻撃的行動に出やすくなるという報告があります。
ただし、このホルモン増加が行動に与える影響は人によって異なるとされ、共感性やサイコパス傾向など個人の性格特性が大きく関与すると見られています。
そこで今回の研究は、“勝ち負けのはっきりした競争”と“サイコパス的特性”を同時に検証し、男性の性的攻撃行動がどう引き起こされるのかを掘り下げようとしました。
フェミニスト理論と進化論的視点が指摘する要素を合わせて考えることで、“勝利”がどのように人の支配欲や攻撃衝動を刺激するのかを実験的に明らかにする狙いがあったのです。
負け犬より勝ち馬が怖い:サイコパス男性がエロ画像を送りまくる

本研究では、まず「男性同士の競争」という舞台を設定し、その勝敗がサイコパス的特性を持つ人の性的攻撃性にどのように影響を与えるのかを検証しました。
具体的には、異性愛者の大学生男性298名を募集し、最終的には139名のデータを分析対象としています。
参加者は事前にサイコパス傾向を測定する質問票に回答し、「対人操作や感情の希薄さ(interpersonal-affective traits)」と、「衝動性や反社会的行動(impulsive-antisocial traits)」という二つの次元を評価されました。
たとえるならば、前者は“冷徹かつ巧みに相手を操る”性格傾向、後者は“衝動的にルール違反を繰り返す”性格傾向とイメージするとわかりやすいでしょう。
続いて研究チームは、参加者たちに認知課題を行わせ、「君は勝った」「君は負けた」と知らせる実験操作をしました。
実際には研究者が勝敗をコントロールしており、当人には真剣勝負のように感じられます。
次のステップとして、録画映像で登場する女性との“メディア共有タスク”を用意しました。
この女性は“性的な映像が苦手”と明言しているにもかかわらず、参加者は「性的に露骨な映像」「ロマンチックだが露骨ではない映像」「ニュートラルな映像」の三種類から、どれをどれだけ見せるか自由に選べます。
研究者は、相手が嫌がるとわかっている性的映像をどのくらい長く再生させるかによって、“性的攻撃行動”を測定したのです。
結果は意外なものでした。
まず、「負けたからこそ攻撃的になる」というパターンはほとんど見られず、むしろ「勝利した」男性のほうが好まない映像を長く送る傾向が強かったのです。
さらに注目すべきは、サイコパス的特性のうち「対人操作や感情の希薄さ」が高い人ほど、その傾向が顕著だった点です。
勝ったことで高まる“支配欲”が、相手の気持ちを無視してでも自分の欲求を貫こうとする行動につながったと考えられます。
一方、「衝動性や反社会的行動」が高い人は、勝敗で行動が大きく変わるわけではありませんでした。
つまり、“衝動的に違反行為をする”タイプよりも、“冷酷に相手をコントロールする”タイプのほうが、勝った瞬間に性的攻撃行動へシフトしやすいという構図が浮かび上がってきたのです。
言い換えれば、“勝利”による優越感が、もともと持っている“冷淡さ”を加速させるリスクを示唆しているといえるでしょう。
社会が防ぐべき“勝者の暴走”

今回の研究結果は、男性の攻撃的行動に関する先行研究とも部分的に一致しています。
スポーツの世界では、試合に勝利した男性がテストステロンやアドレナリンの分泌増加によって興奮状態に入り、挑発や攻撃的な態度をとりやすくなるというデータがありますが、それが性的攻撃にまで波及する可能性を示した点が新しいのです。
ただし、すべての男性が“勝利”で即座に性的攻撃に向かうわけではありません。
今回の実験では、「衝動的・反社会的」特性よりも、「対人操作や感情の希薄さ」のほうが大きく影響していました。
サッカーの試合でゴールを決めた選手が、味方と喜ぶどころか相手を煽り始めるケースと、勝っても相手を称えるケースの違い――その背後には、もともと備わっている人格特性があるのかもしれません。
一部の研究では「挫折や敗北」が暴力行動の引き金になると考えられてきましたが、本研究はむしろ“勝利による自信と権力感”が危険要因になり得ることを示唆しています。
とりわけ、相手への共感が乏しいタイプの場合、自分の快楽を優先し、嫌がられているかどうかをまったく顧みない行動をとる恐れがあるのです。
こうした結果は、男性の性的攻撃行動が「負け犬の遠吠え」だけでは説明できないことを改めて示しています。
ライオンの群れでボスを奪い取ったオスがさらに群れを支配するように、人間社会でも“頂点に立った”という認識が引き金となり、周囲を踏み台にする行動が生まれるケースがあるのかもしれません。
もしこのタイプの人間が独裁者となり、勝てば勝つほど暴走を高めていったとしたら、社会に悲惨な結果を残すかもしれません。
こうした知見は、社会的地位と人格特性の相互作用を理解し、性的暴力やハラスメントを防止するための施策を考える上で有用です。
これまでは、敗北時のフラストレーションをケアする視点が強調されがちでしたが、勝利者の暴走を防ぐ視点も同様に重要かもしれません。
特に、権力や名声を得た人が自制を失って暴走する事例は、ニュースなどでもたびたび取り上げられてきました。
今後の課題としては、大学生男性に限られたサンプルだけでなく、多様な年齢層や文化圏、職場など現実社会の文脈で再現研究を行う必要があります。
また、勝敗のシナリオをどう設定するかによって結果が変わりうるため、実験手法の改善と検証も重要になるでしょう。
最終的には、サイコパス的特性を持つ男性が勝利から得る“優越感”や“支配欲”をいかにコントロールするか――組織や教育現場、コミュニティなどで具体的な対策が求められます。
スポーツやビジネスの世界でも“勝者が牙をむく”前にブレーキをかける仕組みを整えることが、長期的には社会全体の安全や安定につながるかもしれません。
元論文
Effects of Intermale Status Challenge and Psychopathic Traits on Sexual Aggression
https://doi.org/10.1002/ab.70025
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部