仕事や勉強中に、集中力が途切れたり、疲れを感じたとき、コーヒーを飲むという人は多いかもしれません。
確かにカフェインは注意力を高める手段としてよく知られています。
ただし、カフェインは寝つきが悪くなったり、交感神経を刺激するため、敏感な人では心拍数の増加や落ち着かなさなど不快感が生じ、苦手な人も少なくありません。
ではカフェイン以外で、脳をすっきりさせる良い飲み物としては何がオススメなのでしょうか?
その選択肢のひとつとして注目されるのがペパーミントティーです。
これまでの研究でも、ペパーミントティーには記憶力や注意力といった認知機能を一時的に高める可能性があると報告されていましたが、イギリスのノーサンブリア大学(Northumbria University)の新たな研究では、プラセボ群と比較しても、その効果が確認されたといいます。
この研究の詳細は、2025年3月付けで、科学雑誌『Human Psychopharmacology: Clinical and Experimental』に掲載されています。
目次
- ペパーミントで報告される脳への良い影響
- ペパーミントティーは記憶力や注意力を向上させる
ペパーミントで報告される脳への良い影響

ペパーミントが脳に良いかもしれないという話は、以前からいくつかの研究が報告しています。
たとえば2008年にイギリスで行われた研究では、ペパーミントの香りを吸った人は、そうでない人に比べて、記憶の正確さや注意の持続が向上したという結果が示されています。
また2021年の調査でも、大学生がペパーミントの香りをかぐと、未来の予定や約束を思い出す力と、過去に起きたことを思い出す力の両方が改善したという報告がありました。
こうした研究は、ペパーミントに含まれる「メントール」という成分が脳に働きかけている可能性を示唆しています。
メントールは、「アセチルコリン(acetylcholine)」という神経伝達物質の分解を妨げる働きがあり、これによって神経の情報伝達がスムーズになるのではないかと考えられています。アセチルコリンは、記憶や学習、注意といった認知機能に深く関わる物質です。
また最近では、ペパーミントが脳の血流を良くすることで、脳の働きが高まるのではないかという説も注目されています。血液は酸素や栄養を脳に運んでいるため、血流が増えれば脳の活動も活発になると考えられます。
特に「前頭前野(prefrontal cortex)」と呼ばれる部分は、記憶や集中、意思決定などを担う重要な領域であり、ここに十分な血液が届くことは脳の働きにとって不可欠です。
とはいえ、これまでの研究の多くはペパーミントの香りによる効果に注目したものであり、お茶として「飲んだ」場合の効果については十分に検証されていませんでした。また、脳の血流の変化と認知機能の変化が本当に関係しているのかどうか、その因果関係もはっきりしていませんでした。
そこで今回、イギリスのノーサンブリア大学(Northumbria University)の研究チームは、ペパーミントティーを実際に飲んだときに、どのように脳が反応し、認知機能が変化するのかを検証したのです。
研究チームは、健康な成人25人を2つのグループに分け、一方のグループには200ミリリットルのペパーミントティーを飲んでもらい、もう一方のグループには何の味も香りもない白湯を飲んでもらいました。
そして飲んだあと、20分ほど時間を置いてから、すべての参加者に4種類の認知テストを実施しました。これらのテストでは、見たことのある写真を正しく選び分ける力(エピソード記憶)、簡単な計算を連続して行う力(注意力と作業記憶)、言葉を思い出す力(短期記憶)、そしてブロックの順番を記憶する力(視空間記憶)が測定されました。
同時に、近赤外分光法(Near-Infrared Spectroscopy:NIRS)という装置を使って、脳の血流の変化も測定されました。これは、赤外線を使って血液中のヘモグロビン(酸素を運ぶ成分)の量を調べるもので、脳のどの部分で血流が増えているのかをリアルタイムで知ることができる非侵襲的な方法です。
こうして研究チームは、「ペパーミントティーを飲んだ後に認知機能が向上するかどうか」「その向上が脳の血流の変化と関係しているのかどうか」という2つの問いに対して、明確なデータを集めたのです。
ペパーミントティーは記憶力や注意力を向上させる

研究の結果、ペパーミントティーを飲んだグループは、認知テストのすべての項目で、白湯を飲んだグループよりも高い成績を示しました。
たとえば、エピソード記憶を測る「写真記憶テスト」では、ペパーミントグループの成績が平均で約3点向上したのに対し、対照グループではむしろ1点以上低下していました。同様に、暗算を使った注意力と作業記憶の課題、単語の記憶、ブロックの順番を思い出す視空間記憶のすべてにおいて、ペパーミントティーを飲んだ参加者の成績が有意に改善しました。
同時に測定された脳の血流にも変化が見られました。近赤外分光法(NIRS)を使って前頭前野の血流量を測定したところ、ペパーミントを飲んだグループでは、酸素を多く含む血液(酸素化ヘモグロビン)の増加が確認されました。これは、脳がより多くの酸素や栄養を受け取っていたことを示しています。
しかし、ここで重要なのは、脳の血流の増加と認知機能の向上が直接的には結びついていなかったという点です。
つまり、血流が増えた人ほど成績が上がった、というような相関関係は見られませんでした。このことから、研究チームは「血流の増加は確かに起きているが、それが認知機能の改善を引き起こしているとは限らない」と結論づけています。
では、何が脳に効いていたのでしょうか?
研究者たちは、ペパーミントの主要成分であるメントールが関係している可能性に注目しています。メントールには、神経伝達物質アセチルコリン(acetylcholine)の分解を防ぎ、その働きを長持ちさせる性質があります。アセチルコリンは、記憶や注意といった脳の高次機能に関わる重要な物質です。
このような神経化学的な働きこそが、今回の認知機能の向上に関わっていた可能性があると考えられています。
また今回、視空間記憶(空間上の物の位置や順序を記憶する力)が改善したという結果は、ペパーミントによる効果としては過去の研究にあまり見られなかった新しい発見です。これは今後さらに研究されるべき項目になるでしょう。
もちろん、この研究は参加者が25人と比較的少人数であり、また実験は一度きりの短時間で行われただけなので、データとしては小規模であり、効果の持続時間や毎日飲んだ場合にどのような変化が起きるのかといった長期的な影響については、明確に示せていません。
さらに、ペパーミントにはメントール以外にもさまざまな化合物が含まれており、どの成分がどのように脳に作用しているのかを詳しく調べることも、今後の課題となります。たとえば、リモネンやメントンといった成分も、脳内の神経活動や血流に影響を与える可能性があります。
とはいえ、今回の研究は、「一杯のお茶が記憶や集中に作用する可能性がある」という事実を裏づける一歩となりました。
コーヒーが苦手という人は、ペパーミントティーを選択肢に入れてみるのもいいかもしれません。
参考文献
Peppermint tea boosts memory and attention—but why?
Peppermint tea boosts memory and attention—but why?
https://www.psypost.org/peppermint-tea-boosts-memory-and-attention-but-why/
元論文
A Randomized Placebo-Controlled Clinical Trial Exploring the Short-Term Cognitive and Cerebrovascular Effects of Consuming Peppermint Tea: A Mediation Study
https://doi.org/10.1002/hup.70005
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部