クロアチアのフリーダイバーが「水中息止めのギネス記録」を塗り替える

スポーツ

「人間はどこまで息を止められるのか?」

その限界をめぐる挑戦で、クロアチアのフリーダイバー、ヴィトミル・マリチッチ(Vitomir Maričić)氏が新たな伝説を刻みました。

彼は酸素を吸入したうえで、29分3秒間も水中で呼吸を止め続け、ギネス世界記録を更新したのです。

この驚異の数字は、イルカやアザラシといった海洋哺乳類の平均的な潜水時間(※)に匹敵するレベルで、人間の可能性を示す壮大な実験のようにも見えます。

(※ イルカやアザラシは最長だと1時間以上も潜水することができるが、通常は20〜30分前後)

目次

  • 「29分3秒」という驚異の記録
  • 純酸素を使わない「素の息止め」の最長記録は?

「29分3秒」という驚異の記録

記録が打ち立てられたのは2025年6月14日、クロアチア・オパティヤにあるブリストルホテルのプールでした。

水深3メートルのプールには、5人の公式審判と約100人の観客が見守る中、挑戦が開始されました。

マリチッチ氏は、挑戦前に純酸素を一定時間吸入して肺を満たす「プレブリージング」を行いました。

これは公式ルールで認められた準備で、最大30分間許可されています。

純酸素を吸い込むことで肺の窒素が酸素に置き換わり、血液に溶け込む酸素量も増加します。

その結果、通常は約450ミリリットルしか利用できない酸素が、最大で3リットル近くまで増えるとされます。

こうして準備を整えたマリチッチ氏は、プールの中に静かに顔をつけて挑戦を開始しました。

20分を過ぎると横隔膜のけいれんに苦しめられたといいますが、「20分を過ぎてからは、少なくとも精神的にはむしろ楽になった」と振り返っています。

体力的には限界に近づきながらも、「絶対に諦めない」という強い意志が彼を支えていたのです。

最終的に29分3秒という前人未到の記録を達成。

これは従来の記録保持者、同じクロアチア出身のブディミル・ショバト氏が2021年に達成した24分37秒を大きく上回りました。

純酸素を使わない「素の息止め」の最長記録は?

純酸素を使った記録挑戦は一見「ズル」のように思えるかもしれません。

しかし、この技術は映画撮影でも俳優が長時間水中に留まるために利用されるほど現実的な方法で、フリーダイビングの安全性研究ともつながっています。

酸素を多く取り込むことで二酸化炭素の蓄積が遅れ、「息をしたい」という欲求が抑えられます。

そのため酸素濃度が危険域に落ちるまでの時間――いわゆる「安全な無呼吸時間」を大幅に延長できるのです。

とはいえ、ただ酸素を吸うだけで30分近く息を止められるわけではありません。

必要なのは高度に制御された横隔膜呼吸、心拍数を下げるための深いリラクゼーション、そして何より強靭な精神的集中力です。

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メキシコで潜水するマリチッチ氏/ Credit: facebook

マリチッチ氏はこれらを完璧に組み合わせることで、人間離れした時間を達成しました。

ちなみに、純酸素を使わない「素の息止め」の世界記録は2013年にフランスのステファン・ミスフド氏が樹立した11分35秒で、翌年にはセルビアのブランコ・ペトロヴィッチ氏がギネス記録として11分54秒を記録しています。

マリチッチ氏自身も素の息止めで10分8秒に成功しており、今回の記録が単なる酸素頼りではなく、彼の基礎的な実力の高さに裏付けられていることが分かります。

「人間はどこまで自分の限界を伸ばせるのか」

マリチッチ氏の挑戦は、その問いに対する驚きの答えを提示しました。

平均的な人間が息を止められるのは30秒から90秒程度ですが、彼はその20倍以上もの時間を水中で生き抜いたのです。

今回の挑戦は単なる記録更新にとどまらず、呼吸の科学や人間の可能性、さらには海洋保護への関心を広める一歩にもなっています。

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参考文献

Croatian Freediver Shatters Record For Longest-Held Breath
https://www.sciencealert.com/croatian-freediver-shatters-record-for-longest-held-breath

How Croatian freediver held breath for 29 minutes
https://divernet.com/scuba-news/freediving/how-croatian-freediver-held-breath-for-29-minutes/

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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