最近、山林に棲むクマが人里や市街地に姿を現すニュースが日本各地で相次いでいます。
かつては「山奥の話」と思われていたクマの出没ですが、今や多くの地域で「明日は我が身」と感じられるほど、身近な問題となっています。
そんな中、上智大学の研究チームが開発したのは、クマと人との“危険な遭遇”を予測するAIモデル。
自然の摂理と社会の変化が絡み合うクマ出没の謎に、最新のデータサイエンスが挑みます。
研究の詳細は2025年7月22日付で科学雑誌『International Journal of Data Science and Analytics』に掲載されています。
目次
- クマ出没急増の背景と、AIによる予測への挑戦
- AIが明かした「クマ出没」のカギと社会へのインパクト
クマ出没急増の背景と、AIによる予測への挑戦
2023年、秋田県ではクマの出没件数が年間平均800件から、わずか1年で3900件以上にまで急増しました。
その要因の一つとされるのが、クマの主食であるブナの実の凶作です。
ブナの実が不作になると、クマは食料を求めて山を下り、人里へと姿を現すリスクが高まります。
また、過疎化や高齢化が進む中山間地域では、耕作放棄地が増え、クマが人の生活圏に近づきやすい環境も広がっています。
こうした自然的・社会的な複合要因が、クマ出没の「新常態」を生み出しているのです。
しかし「今年は出没が多いらしい」と噂されても、実際にどこで、いつクマに遭遇する危険が高いのか――その予測は非常に困難でした。
クマの行動は季節や天候、食料事情など多くの要因が絡み合い、一筋縄ではいかないからです。
この難題に、研究チームは膨大なデータとAI技術で挑みました。
過去の出没記録や日時はもちろん、土地の利用状況(例えば水田や竹林、人口構造物の分布)、高齢者人口、道路の有無、標高、さらにはブナの実の豊凶や気象情報まで――ありとあらゆる「クマにまつわるデータ」を1km四方ごとに細かく集積。
それらをAIに学習させ、日ごとに「出没リスク」を地図として描き出すことに成功したのです。
AIが明かした「クマ出没」のカギと社会へのインパクト
チームは、Extra Treesと呼ばれる機械学習モデルを用い、クマ出没の「あり/なし」を予測。
その精度は、正答率63.7%、適合率63.5%、再現率63.6%と、これまでの単純なルールや従来手法を大きく上回る結果となりました。
さらにAIが予測に用いる「重要な要因」も解析。
すると、過去の出没状況だけでなく、「人口構造物や水田・竹林といった土地利用」「高齢者人口の分布」「標高」など、人間社会や地形がクマの行動に密接に影響していることが明らかになりました。
高齢化が進む地域や、耕作放棄地が増えたエリアほどクマが出没しやすい――そんな傾向が、データの中から浮かび上がったのです。
また、AIは「未知の場所」でも安定して予測できることが示され、今後、リアルタイムの天気情報や最新の出没情報と組み合わせることで、さらに精度が高まると期待されています。
このモデルの活用によって、住民や自治体はリスクの高い地域を事前に把握し、的確な警戒情報や対応策を取ることが可能となります。
「出没が増えそうな時期や場所」をAIが先回りして教えてくれる――これまで不安だったクマとの“出会い頭”のリスクが、見える化される時代が近づいています。
参考文献
クマとの遭遇リスクをAIで予測するモデルを開発
https://www.sophia.ac.jp/jpn/article/news/release/250930_bear/
元論文
Bear warning: predicting encounters using temporal, environmental, and demographic features
https://doi.org/10.1007/s41060-025-00866-0
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部