アフリカのサバンナに悠然と立つキリン。
その最大の特徴といえば、遠くからでも一目でわかる「長い首」ですが、実はもう一つ、見逃せない進化の工夫があります。
それが「脚の長さ」です。
キリンの脚は、地上からほぼ2メートルの高さに心臓がくるほど長く伸びています。
実はこの「長い脚」こそが、キリンが生き延びるために不可欠な、命を支える“省エネ装置”になっていることが、豪アデレード大学(University of Adelaide)の最新研究で明らかになりました。
なぜ脚の長さが「命に直結」するのでしょうか?
研究の詳細は2025年10月20日付で科学雑誌『Journal of Experimental Biology』に掲載されています。
目次
- 首が長いだけでは生きていけない? キリンの“心臓過労”問題
- 長い脚は“心臓を救う装置”
首が長いだけでは生きていけない? キリンの“心臓過労”問題
キリンはなぜ、あれほど長い首を持つのでしょうか。
その理由はシンプルで、アカシアの木など高い場所の葉を独占できるからです。
他の動物たちが手を伸ばせない高さに生える栄養豊富な若葉を、一年中食べることができるキリンは、餌の競争からも干ばつからも比較的自由です。
しかし、首が長いことには「致命的なデメリット」も存在します。
それは重力に逆らって高い位置にある頭まで血液を送り届けるため、心臓が常に超高血圧で働き続けなければならないという点です。
成獣のキリンの心臓は、平均で200~250mmHgという異常な高血圧を維持しています。
これは私たち人間の2倍以上の血圧であり、同じ体重の他の哺乳類と比べても群を抜いています。
このため、キリンの心臓(左心室)は、安静時にも全身で消費するエネルギーの約16%を一手に引き受けています。
人間の場合、心臓の消費エネルギーは全体の6~7%程度に過ぎません。
さらに、もしキリンが「首だけ長くて脚は普通」だった場合、心臓の負担はさらに増加します。
それを踏まえて、研究チームは最新のシミュレーションで、架空の“エラフ”(首はキリン、脚はウシ科エランドという組み合わせ)という動物をモデル化したところ、心臓のエネルギー負担が全身の21%にも達しました。
つまり、キリンの血圧は今でも高いのですが、脚の長さがふつう以下だと、とても生きてはいけない状態になると考えられるのです。
このような動物は、摂取する食物の大部分を心臓を動かすだけに費やしてしまい、過酷なサバンナでは生き残れなかった可能性が高いといえます。
長い脚は“心臓を救う装置”
それでは、なぜキリンは「過労死しない心臓」を持てたのでしょうか。
答えは、首だけでなく脚も同時に長く進化させるという、「縦方向に全身を引き伸ばす」戦略にあります。
脚が長ければ長いほど、心臓の位置が地面から高くなり、頭までの垂直距離が短縮されます。
この“たった数十センチ”の差が、実は心臓の負担を大きく左右します。
たとえば、キリンのように脚が長ければ、首だけで高さを稼ぐ必要がなくなり、その分、心臓が頭に近づいて、必要な血圧が下がります。
結果的に、1年で1.5トンもの餌分のエネルギーが節約できる計算になります。
この「省エネ効果」があるからこそ、キリンは他の草食動物よりも優れた生存戦略を手に入れたのです。
さらに進化史をひもとくと、キリンの祖先は首が長くなるより先に、脚が長くなる変化が現れたことが化石記録から判明しています。
現生キリンの脚と首の長さはほぼ同じ比率であり、どちらが欠けても今の「キリンらしさ」は生まれなかったのです。
私たちはつい、キリンの「長い首」に目を奪われがちですが、実は「長い脚」こそが、心臓を守り命を支える隠れた主役なのでした。
参考文献
The Surprising Reason Why Giraffes Have Such Very Long Legs
https://www.sciencealert.com/the-surprising-reason-why-giraffes-have-such-very-long-legs
元論文
How long limbs reduce the energetic burden on the heart of the giraffe
https://doi.org/10.1242/jeb.251092
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

