ガラパゴス諸島のトマトが急速に「逆進化」していた

植物

進化とは、常に前へ前へ進むものだと思われがちです。

しかしガラパゴス諸島のトマトに起きていたのは、その常識を覆す「逆進化(リバース・エボリューション)」でした。

米カリフォルニア大学リバーサイド校(UCR)の最新研究で、ガラパゴス諸島の野生トマトは、現代トマトが捨ててきたはずの「古代の毒」を再び作り出していることがわかったのです。

しかもその変化は、ほんのわずかな遺伝子の変化によって引き起こされていました。

火山島の過酷な環境で、生き延びるために「進化を巻き戻した」トマトたち。

その驚きのメカニズムとは何だったのでしょうか?

研究の詳細は2025年6月18日付で科学雑誌『Nature Communications』に掲載されています。

目次

  • ガラパゴスの野生トマトが持ち始めた「古代の毒」
  • 逆進化を引き起こした「4つのアミノ酸」

ガラパゴスの野生トマトが持ち始めた「古代の毒」

トマト、ナス、ジャガイモなどを含む「ナス科」の植物は、もともと自衛のために「アルカロイド」と呼ばれる苦味のある毒成分を作る性質を持っています。

ガラパゴス諸島は捕食者の少ない動物の楽園として知られていますが、植物にとっては必ずしもそうではありません。

したがって、アルカロイドを生産する必要性があったのです。

今回、ガラパゴス諸島の野生トマト(学名:Solanum cheesmaniae)が注目されたのは、それらが現代のトマトでは見られない古いタイプのアルカロイドを生成していたためでした。

ガラパゴスの野生トマトは、南米の祖先から派生し、鳥によって運ばれてきたと考えられています。

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ガラパゴス諸島の野生トマト/ Credit: Adam Jozwiak/UCR

アルカロイドには2つの型があり、一般にトマトやジャガイモは「25S型」ナスは「25R型」と呼ばれる分子構造をしています。

どちらも同じような原子でできていながら、立体構造が少しだけ違うだけで、性質が大きく異なるのです。

今日のトマトはどれも25S型のアルカロイドを作るはずなのに、ガラパゴス諸島の西部、特に若い火山島に生えている野生トマトは、驚くべきことにナス型の「25R型」アルカロイドを作っていたのです。

これは南米に自生していた祖先のトマトで確認されているものと同じでした。

これに受けて、研究者は「現代のトマトでは何百万年も前に失われたはずの「古代の毒」が、環境に合わせてふたたび蘇った」と説明し、進化の巻き戻しが起こっている可能性が高いと指摘します。

研究者はこれを「逆進化(リバース・エボリューション)」と呼びました。

では、ガラパゴスの野生トマトはどのように逆進化を行ったのでしょうか?

逆進化を引き起こした「4つのアミノ酸」

この不思議な現象を解明するカギとなったのが「GAME8(ゲームエイト)」と呼ばれる酵素でした。

トマトなどの植物がアルカロイドを作る際、この酵素が重要なステップを担っているのです。

通常、トマトのGAME8酵素は25S型のアルカロイドを作りますが、ナスのGAME8では25R型になります。

この違いは、たった4つのアミノ酸の違いによって決まっていました。

チームは、ガラパゴスの野生トマトからさまざまな場所のサンプルを採取し、酵素の遺伝子配列と化学成分を分析。

その結果、ガラパゴス諸島の西部に位置する火山島に生えるトマトでは、GAME8酵素に古代型の変異が起きており、それが25R型の毒を再び生み出していたのです。

しかもこの変異は、島の位置や年齢とぴったり一致していました。

ガラパゴス諸島の東側に比べて、地質的に若く、乾燥し土壌も貧しい過酷な西部の島々でだけ、祖先型の毒が復活していたのです。

なぜそんなことが起きたのか?

チームは、こう推測します。

「古代型のアルカロイド(25R型)の方が、過酷な環境での防御力に優れていたのかもしれない」と。

つまり、ガラパゴス西側の過酷な島々に暮らすトマトたちは、生き残るためにあえて失われたはずの遺伝子を“再起動”したというのです。

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Credit: canva

さらなる実験では、この4つのアミノ酸を人工的に入れ替えるだけで、トマトの酵素がナス型の毒を作り出すようになることも確認されました。

逆にナスの酵素からそれを取り除けば、トマト型の毒に戻ることもできます。

わずか数個の分子スイッチで、進化を巻き戻す――。生命の柔軟さには、驚かされるばかりです。

この発見は、単なる植物の不思議な話では終わりません。

進化とは一方通行だという前提を見直すきっかけとなり、「逆進化」もまた自然な選択の一形態であることを示しています。

もしトマトで起きたなら、人間や他の生物でも、環境の変化次第で“過去の遺伝子”が目を覚ますことはあるのかもしれません。

生命は時に、過去に手を伸ばすことで未来を切り拓く――。

ガラパゴスの火山島で静かに進むトマトの逆進化は、そんな可能性を私たちに教えてくれているのです。

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参考文献

Tomatoes in the Galápagos are quietly de-evolving
https://www.eurekalert.org/news-releases/1088583

元論文

Enzymatic twists evolved stereo-divergent alkaloids in the Solanaceae family
https://doi.org/10.1038/s41467-025-59290-4

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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