乾燥した赤い砂漠と緑色の頁岩が広がるエジプト西部砂漠。
その静寂の大地で、科学者たちは現代のワニとは異なる未知の古代ワニの化石を掘り出しました。
この発見は、私たちが「ワニ」と聞いて思い浮かべる姿とは大きく異なる生き物が、太古のエジプトで海を泳ぎ回っていたという驚きの証拠を突きつけています。
今回の研究は、エジプト・マンスーラ大学(Mansoura University)によって主導されました。
新たに見つかった新種の古代ワニは「ワディスクス・カッサビ(Wadisuchus kassabi)」と命名され、地球の歴史と爬虫類の進化に新たな一ページを刻む発見となっています。
研究の詳細は2025年10月27日付で科学雑誌『Zoological Journal of the Linnean Society』に掲載されました。
目次
- 海を泳いだ「新種の古代ワニ」
- ディロサウルス科の起源とエジプトの「化石遺産」
海を泳いだ「新種の古代ワニ」
今回の化石は約8000万年前、まだ恐竜たちが絶滅する前の白亜紀後期にエジプトのオアシス都市・ハルガの近くで生きていた古代ワニのものです。
新たに発見された「ワディスクス・カッサビ」は、これまで知られている中で、最古のディロサウルス科(Dyrosauridae)に属します。
このディロサウルス科は絶滅した古代ワニのグループで、現代のワニとは見た目も暮らしも大きく異なっていました。
最大の特徴は、細長く突き出した鼻先と、針のように鋭い歯。
これらは魚やカメなどの滑りやすい獲物をとらえるのに最適な構造でした。
【新種ワニの復元イメージ画像はこちら】
現代のワニが淡水の川や沼地を主な生息地としているのに対し、ディロサウルス科は沿岸や海洋環境で繁栄していたのです。
研究チームはハルガ周辺から、異なる成長段階を示す4体分(部分的な頭骨2点と鼻先2点)の化石を発掘し、CTスキャンや3Dモデルを使って前例のない詳細な骨の構造を明らかにしました。
また、ワディスクス・カッサビは鼻先の前方に4本の歯(原始的なディロサウルス科は5本)を持ち、鼻孔は上部に位置し、水面から呼吸しやすい構造でした。
さらに上顎と下顎の先端が噛み合う部分には深い切れ込みがあり、これが進化の過程で「かみ合わせ」の工夫につながったと考えられます。
ディロサウルス科の起源とエジプトの「化石遺産」
今回の発見は、ディロサウルス科がアフリカ、つまりエジプト近辺を起源とする可能性を強く示しています。
しかもその多様化は、これまで考えられていたよりさらに古い時代、約8700万~8300万年前に始まっていた可能性が浮上しました。
ディロサウルス科は、恐竜絶滅後も驚くべき適応力で生き残り、世界各地の沿岸や海に進出していきました。
ワディスクス・カッサビは、その最も初期のメンバーであり、進化の「祖先」として重要な位置を占めています。
この成果は、エジプト西部砂漠がいまだに「地球の深い過去」を保存する宝の山であることを示しています。
チームは都市開発や農業拡大によって貴重な化石遺跡が失われることを危惧し、「化石は未来のエジプトの世代へのかけがえのない遺産」として保護の必要性も訴えています。
ちなみに、今回の種名「ワディスクス・カッサビ」は、発見地である「谷」を意味するアラビア語「ワディ」と、古代エジプトのワニ神「ソベク(Suchus)」、そしてエジプトの古生物学に大きな貢献をしてきたアハメド・カッサブ教授への敬意が込められています。
参考文献
Earliest long-snouted fossil crocodile from Egypt reveals the African origins of seagoing crocs
https://phys.org/news/2025-10-earliest-snouted-fossil-crocodile-egypt.html
元論文
An early dyrosaurid (Wadisuchus kassabi gen. et sp. nov.) from the Campanian of Egypt sheds light on the origin and biogeography of Dyrosauridae
https://doi.org/10.1093/zoolinnean/zlaf134
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

