会議中、誰かが机を「トントン、トントン」と指で叩き始めたら、あなたはどう思いますか?
「うるさいな、集中できないよ…」と感じる人も多いかもしれません。
一方で、緊張したときや何かに集中したいとき、自分でも無意識に指をトントンとリズムよく叩いていることはないでしょうか?
実はこの“うざい癖”と思われがちな「指トントン」には、驚くべき認知効果が隠されていたのです。
フランスのエクス=マルセイユ大学(AMU)の研究チームは、リズミカルに指を叩く動作が、人の「聞き取り能力」を向上させる可能性を発見しました。
研究の詳細は、2025年4月9日付の『Proceedings of the Royal Society B』に掲載されました。
目次
- うざい癖「指トントン」に秘められた力を探る研究
- 話を聞く時の指トントンは「雑音フィルター」になる可能性
うざい癖「指トントン」に秘められた力を探る研究
人は昔から、リズムと行動を結びつけることで注意や集中力を調整してきました。
音楽に合わせて体を揺らす、勉強中に鉛筆をクルクル回す、面接の直前に足をトントンと動かす。
こうした一見「無意味」なリズム行動には、実は脳の処理能力を高める効果があるのではないかと、近年注目されています。
その中には、「リズムプライミング効果」も含まれます。
これは、規則的なリズム刺激が脳の神経活動のタイミングを整え、その後に提示される文の文法判断や文理解といった言語処理能力を一時的に高める現象です。
例えばこれまでには、「言語障害のある子供を対象にしたセラピー」などの分野で研究されてきました。
しかし、より広い分野への応用研究はほとんど行われていません。

そんな中、フランスのエクス=マルセイユ大学の研究者たちは、指タッピング(指トントン)によるリズムプライミング効果を確かめたいと思いました。
「この指トントンによっても脳のリズムを整えることができるなら、会話への同調率が高まり、言葉の理解力が上がるのではないか?」と考えたのです。
研究チームはこの仮説を検証するため、健常な大人(数十人)を対象にした実験を行いました。
実験では、ノイズの混じった会話音声を参加者に聞かせる状況を作り、その際に音声のリズムと同期するように指をリズミカルに叩かせることにしました。
ちなみに、指トントンの動作は自由なリズムではなく、音声(音の強弱やリズム)にできるだけ合うように指導されました。
音声には音節や単語ごとに異なるリズムがあるため、脳をこのパターンに合わせるようにすることで、リズミカルな言語を適切に処理できる可能性があると考えたのです。
話を聞く時の指トントンは「雑音フィルター」になる可能性
実験は3種類行われましたが、結果は、研究者たちの仮説を見事に裏付けるものでした。
ノイズの多い環境では、音声のリズムと指のタッピングを同期させていた参加者の方が、会話の内容を正確に理解できる確率が有意に高かったのです。
そしてある実験では音楽のビートも確かめられました。
しかし、指トントンせずに音楽のビートを聞くだけでは、この効果がそれほどあらわれませんでした。
このことは、能動的に指でリズムを取ることが、言語理解を高める鍵であることを示唆しています。

研究チームは、リズム運動によって脳内のタイミング処理が音声入力と同期しやすくなり、言語情報のピックアップ効率が上がると説明しています。
つまり「聞き取りにくい…」と感じるような場面でも、音声のリズムに合わせて指を軽くトントンするだけで、脳が“話の流れ”を掴みやすくなるというわけです。
とはいえ、今回の研究にはいくつか限界があります。
例えば、サンプル数が大きくないこと、参加者たちは若いフランス語話者に限られていたことなどです。
それでも今回の研究結果は、教育現場や語学学習、高齢者の聞き取り支援など、さまざまな分野での可能性を秘めています。
「うざい癖」だと思っていた指トントンは、脳が外の世界とタイミングを合わせようとする“リズムの橋”だったのです。
もし今度、雑音の中で誰かの話を聞くタイミングがあれば、「うざい」と思われるのを覚悟で、指トントンしてみてください。
相手の話を聞き取りやすくなるかもしれません。
参考文献
Brainpower boosted by tapping out a specific rhythm, study finds
https://newatlas.com/learning-memory/tapping-finger-hearing-comprehension/
元論文
Moving rhythmically can facilitate naturalistic speech perception in a noisy environment
https://doi.org/10.1098/rspb.2025.0354
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部