東アフリカ・ウガンダにあるキバレ国立公園で、チンパンジー同士による“10年戦争”が終結を迎えました。
長く続いた暴力的な衝突の結果、勝利した「ンゴゴ・チンパンジー」の集団には予想外の変化が訪れていました。
縄張りは22%拡大し、食糧は豊かになり、そして群れには“史上稀なレベルのベビーブーム”が到来していたのです。
研究の詳細は米ミシガン大学(University of Michigan)により、2025年11月17日付で科学雑誌『PNAS』に掲載されています。
目次
- 古くから知られる「チンパンジー同士の戦争」
- 勝者に訪れた「空前のベビーブーム」
古くから知られる「チンパンジー同士の戦争」
1998年から2008年にかけて、ウガンダ南西部のキバレ国立公園で、「ンゴゴ・チンパンジー」と称される群れは、隣接する複数の群れと激しい衝突を繰り返していました。
研究者が確認しただけでも、少なくとも21頭の隣接群のチンパンジーが殺害されています。
チンパンジー同士の“戦争”は古くから知られています。
1974年には著名な動物学者であるジェーン・グドールがタンザニア・ゴンベ国立公園で、2つに分裂した群れによる4年に及ぶ戦闘を記録しました。
しかし、なぜチンパンジーがそこまで大きなリスクを冒して戦い続けるのかについては、長らく議論が続いていました。
今回その謎に迫ったのが、ミシガン大学らの研究チームです。
彼らは30年以上にわたり蓄積された行動データをもとに、争いの背景と“戦後の変化”を精密に分析しました。
調査によると、10年にわたる戦闘の後、2009年にンゴゴの群れは隣接群の領域へと進出し、縄張りは約6.4平方キロ拡大しました。
これは全体のおよそ22%に相当する大規模な領土拡張です。
チームは当初、この戦争の結果として群れにどのような恩恵が生じたのか慎重に見極めようとしました。
なぜなら、縄張り拡大そのものが“生存上の利益”につながるかどうかは、証拠が乏しかったためです。
しかし、データを検証した結果、予想を上回る変化が明らかになりました。
勝者に訪れた「空前のベビーブーム」
縄張り拡大の前後3年間で、ンゴゴ・チンパンジーの出生数と子どもの生存率は劇的に変化していました。
・拡大前の3年間:15頭の出生
・拡大後の3年間:37頭の出生
出生数は2倍以上に増え、研究者たちは「現場の観察時点から、明らかにベビーブームが起きていた」と述べています。
さらに驚くべきは、生存率の向上です。
・拡大前の死亡率:41%(3歳未満で死亡)
・拡大後の死亡率:8%
わずか数年で死亡率がここまで低下した例は、これまでの野生チンパンジー研究ではほとんど確認されていません。
なぜ、これほどまでに急激な改善が起きたのでしょうか?
研究者たちが導いた答えは、「資源の増加」と「外敵の排除」の2つです。
まず、縄張りが広がったことで、母親となるメスたちはより多くの食糧にアクセスできるようになりました。
栄養状態が改善すれば、母親の体力は上がり、出産や育児の成功率も高まります。
次に、敵対する群れのオスが減ったことで「乳児殺し」の危険が減少しました。
チンパンジー社会では、隣接群のオスが他群れの赤ん坊を殺すことが主要な死亡原因のひとつです。
敵が減れば、その脅威も低下するというわけです。
チームは「この研究は、縄張り拡大と生殖成功の向上が直接結びつくことを示す最も強力な証拠だ」と述べています。
さらに専門家は、この研究が「人間の暴力」の進化的側面にも光を当てる可能性を指摘しています。
チンパンジーとボノボは、現生種の中で人間に最も近く、致死的暴力が共通祖先から受け継がれた可能性が示唆されているためです。
ただし研究者らは、人間とチンパンジーを単純に比較しないよう強調しています。
「人間は、他集団の個体と出会っても交流によって利益を得られる可能性があります。しかしチンパンジーのオスが隣群のオスと遭遇した場合、利益を得る唯一の方法は相手に損害を与えることです」と専門家は説明します。
現代社会では、資源をめぐる対立が残っているものの、戦争のコストはかつてないほど大きくなっています。
そのため研究者たちは「現代の人間社会では、多くの場合、戦争を始めることはもはや合理的ではない」と指摘しています。
参考文献
Chimps that use lethal aggression to expand their territory gain reproductive advantages
https://news.umich.edu/chimps-that-use-lethal-aggression-to-expand-their-territory-gain-reproductive-advantages/
A decade-long chimp war ended in a baby boom for the victors, scientists discover
https://www.livescience.com/animals/land-mammals/a-decade-long-chimp-war-ended-in-a-baby-boom-for-the-victors-scientists-discover
元論文
Female fertility and infant survivorship increase following lethal intergroup aggression and territorial expansion in wild chimpanzees
https://doi.org/10.1073/pnas.2524502122
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部
