毎日の健康習慣としてウォーキングを続けている人は少なくありません。
特別な道具もいらず、年齢や体力に合わせて始められるため、多くの人が取り入れやすい運動です。
しかし、自分がどのくらいの速さで歩いているかを意識している人は、あまり多くないのではないでしょうか。最新の研究では、その歩くスピードによって健康効果が大きく変わる可能性が示されました。
この研究を行ったのは、アメリカのバンダービルト大学(Vanderbilt University)の研究チームです。
研究では、約8万人を最大20年間追跡し、「ゆっくり歩く」習慣と「速く歩く」習慣の違いを比較しました。結果、ゆっくり歩きではほとんど効果が見られなかった一方、速歩きでは死亡リスクの低下が確認されました。
この研究の詳細は、2025年10月に科学雑誌『American Journal of Preventive Medicine』(アメリカ予防医学ジャーナル)に掲載されています。
目次
- 歩く速さが注目される理由
- 速歩きは15分だけでも有効だった
歩く速さが注目される理由
歩くことは、健康のための最も手軽な運動のひとつとして知られています。通勤や買い物、犬の散歩など、日常生活の中で自然と取り入れられている人も多いでしょう。
これまでの研究でも、定期的なウォーキングは心臓病や糖尿病、さらには早死のリスクを減らすことがわかっていました。
しかし、従来の多くの調査は「歩数」や「歩く合計時間」に注目しており、「歩く速さ」についてはあまり詳しく調べられていませんでした。
そこで、ヴァンダービルト大学(Vanderbilt University)医学部のウェイ・ジェン(Wei Zheng)教授らの研究チームは、米国南東部12州に住む約8万人を対象に、大規模で長期的な追跡調査を行いました。
この研究は「サザン・コミュニティ・コホート研究(Southern Community Cohort Study)」と呼ばれるプロジェクトの一部で、2002年から2009年にかけて参加者を募集しました。
調査では、登録時に日々の「速歩き(fast walking)」と「遅歩き(slow walking)」の時間を自己申告してもらいました。
速歩きとは、息が少し弾む程度の早さで歩くことや階段の昇降、軽い運動などを含みます。遅歩きは、犬の散歩や仕事中の移動、買い物など、ゆったりとしたペースでの歩行を指します。

また、喫煙習慣、飲酒量、食生活、座っている時間、肥満度(BMI:Body Mass Index)、既往歴など、死亡リスクに関わる生活習慣や健康状態についても詳細に記録しました。
その後、2022年12月末まで追跡を行い、全米死亡インデックス(National Death Index)と照合して、全死亡および死因別の死亡リスクとの関連を分析しました。統計分析では年齢や性別、収入、生活習慣など多くの要因を調整し、「歩く速さ」と「死亡リスク」の関係をできるだけ正確に評価しました。
このように、今回の研究は単に「歩くことが健康に良いか」ではなく、「どのくらいの速さで歩けば効果があるのか」を、大規模に検証したのです。
速歩きは15分だけでも有効だった
研究チームが約17年間の追跡データを分析したところ、明確な結果が得られました。
まず、速歩きを日常に取り入れている人ほど、死亡リスクが低くなる傾向がはっきりと見られました。
特に注目すべきは、1日わずか15分の速歩きでも、完全調整モデルで全死亡リスクが約14%低下していたことです。
15分で効果が見られましたが、歩く時間が伸びるほど健康効果は高まることが確認されています。ただし、60分を超えると健康効果は頭打ちとなっていました。
心血管疾患による死亡リスクの低下は特に顕著で、全体では約20%減少していました。
一方で、遅歩きについては3時間以上歩いても死亡リスクの低下は約4%にとどまり、統計的には有意な効果とは言えませんでした。つまり「長く歩く」よりも「速く歩く」方が、健康への影響ははるかに大きいことが示されたのです。

さらに、この効果は他の運動習慣がある人にも当てはまりました。
スポーツやジム通いをしている人でも、日常生活に速歩きを加えると、さらに死亡リスクが下がっていました。逆に、速歩きの習慣がある人では、遅歩きの時間を増やしても追加の効果はほとんど見られませんでした。
なぜ速歩きがこれほど効果的なのでしょうか?
考えられる理由のひとつは、速歩きが有酸素運動として心臓や血管に適度な負荷を与えることです。これにより心臓のポンプ機能や血流が改善され、血圧や血糖値、血中脂質など、生活習慣病に関わる数値が整いやすくなります。また、速歩きは短時間でも心拍数を上げられるため、効率よく全身の代謝を高められるというメリットもあります。
この結果から、「とにかく歩けば健康になる」という考え方は、少し修正が必要であることがわかります。
体力や関節の状態によって速歩きが難しい人もいますが、その場合でもできる範囲で少しペースを上げることが、健康効果を高めるポイントになるでしょう。研究チームも、歩く速さを意識することが健康格差の解消につながり得ると指摘しています。
特別な器具や場所は必要なく、日常生活にすぐに取り入れられる速歩きは、誰でも実践できるシンプルで効果的な習慣です。
15分からでいいというのは無理のない運動をしたいという人には有益な情報になるかもしれません。また60分以上は効果が見られないという点からも、ウォーキングで無理をする必要はないと考えられます。
もちろん、これはあくまで統計調査の結果であり、具体的な歩行速度などもまだ調査されていません。この点は今後の研究課題となるでしょう。
とはいえ、この研究が教えてくれるのは「時間がなくても、短時間でしっかり効果を出す方法がある」ということです。
日々の通勤や買い物の途中、あるいは昼休みの散歩でも、呼吸が弾むくらいの速さを意識するだけで、十分な健康効果を得られる可能性があるのです。
参考文献
Fast walking for 15 minutes a day linked to lower death risk
https://www.news-medical.net/news/20250729/Fast-walking-for-15-minutes-a-day-linked-to-lower-death-risk.aspx
元論文
Daily Walking and Mortality in Racially and Socioeconomically Diverse U.S. Adults
https://doi.org/10.1016/j.amepre.2025.107738
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部