近い将来、ガムを噛むことがウイルスの感染予防になるかもしれません。
米ペンシルベニア大学(UPenn)の研究チームは最近、ウイルスを捕まえて感染力を奪うことのできるチューインガムの開発に成功したと発表しました。
このチューインガムには、豆由来の天然タンパク質が配合されており、インフルエンザウイルスやヘルペスウイルスの一部に対して強力な中和効果を示すとのことです。
研究の詳細は2025年1月8日付で科学雑誌『Molecular Therapy』に掲載されています。
目次
- ウイルスの感染経路は「口」が一番危ない
- なぜガムでウイルス感染を防げるのか?
ウイルスの感染経路は「口」が一番危ない

インフルエンザやヘルペスなど、多くのウイルスは、私たちが話すとき、笑うときに拡散される飛沫、あるいは恋人と肉体的に接触する際の唾液や体液によって広がります。
また今日までの数多くの研究により、ウイルスの感染経路としては鼻よりも口からの感染のほうが何倍も効率的であることがわかってきました。
たとえば、インフルエンザウイルスの感染経路を調べた研究では、唾液中のウイルス量が感染力に直結することが報告されています。
一方で、ヘルペスウイルスは世界の約3分の2の人々が感染しているとされ、症状が出ないまま他人にうつしてしまうことも少なくありません。
しかしこれまで、ウイルスが感染力を発揮する前に、口の中で直接”退治する”手段はほとんどありませんでした。
この課題に挑んだのが、ペンシルベニア大学の研究チームです。
彼らは「感染を止めるには、ウイルスが人から人へ渡る瞬間、つまり口腔内でウイルス量を減らすことが重要だ」と考えました。
そこで目をつけたのが「チューインガム」です。
なぜガムでウイルス感染を防げるのか?
研究チームが開発したのは「フジマメ(学名: Lablab purpureus)」という植物の粉末を使ったチューインガムです。
この豆には「FRIL(Flt3 Receptor Interacting Lectin)」という天然の抗ウイルスタンパク質が含まれています。
FRILはウイルスの表面にある糖鎖と結合し、それらを「網のように」絡めて凝集させ、感染できなくする性質があるのです(下図を参照)。
研究では、このフジマメのFRILを含むガムを用い、インフルエンザウイルス(H1N1、H3N2)と単純ヘルペスウイルス(HSV-1、HSV-2)への中和効果を調べました。
ここでいう「中和」とは、ウイルスが細胞に感染して自己複製する能力を失わせることを意味します。
理論的には、中和によりウイルス量が減少し、感染拡大のリスクも下がると考えられます。

チームは実験で、ガムを噛んだときにどれくらいFRILが放出されるかを、人工咀嚼装置(ART-5)を用いて測定したところ、15分でおよそ半分以上のFRILが放出されることが確認されました。
さらにウイルスをFRILガムと混ぜた実験では、対象としたインフルエンザウイルスとヘルペルウイルスの双方でなんと95%以上中和されるという結果が得られたのです。
しかも、このFRILガムは常温で2年以上保管しても有効性が落ちないことが確認されており、冷蔵や冷凍の必要がないという利点もあります。

私たちはこれまで、「ワクチンを打つ」「薬を飲む」といった方法で感染症に立ち向かってきました。
しかし、ワクチンでは防げない感染や、薬剤耐性ウイルスの出現が問題となっている今、口の中でウイルスを直接捕まえて無力化するという発想は、新たな可能性を切り開くものでしょう。
今回の研究成果は、今後ヒトでの臨床試験を通じて実用化が期待されています。
インフルエンザの流行期や、ヘルペスの感染が懸念される場面で、予防的に「噛むだけで感染を防ぐ」ガムが登場する日が近いかもしれません。
参考文献
An antiviral chewing gum to reduce influenza and herpes simplex virus transmission
https://penntoday.upenn.edu/news/penn-dental-antiviral-chewing-gum-reduce-influenza-and-herpes-simplex-virus-transmission
New Virus-Trapping Gum Could Help Neutralize Herpes Infections
https://www.sciencealert.com/new-virus-trapping-gum-could-help-neutralize-herpes-infections
元論文
Debulking influenza and herpes simplex virus strains by a wide-spectrum anti-viral protein formulated in clinical grade chewing gum
https://doi.org/10.1016/j.ymthe.2024.12.008
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部