インフルエンザが流行する季節が近づいています。
困ったことに、インフルエンザは「症状が出る前」から他人にうつしやすく、本人が気づかないまま広がってしまいます。
そこでドイツのヴュルツブルク大学(University of Würzburg)の研究チームは、口に入れるたときの“味”で感染の可能性に気づける新しい分子センサーを開発中です。
ガムやトローチに組み込める、いわば「食べられる検査薬」に発展する可能性があります。
この成果は2025年10月1日付の『ACS Central Science』誌に掲載されました。
目次
- ハーブの味で分かる「舌を使ったインフルエンザ検査」
- 感染者の唾液で30分以内の反応を確認
ハーブの味で分かる「舌を使ったインフルエンザ検査」
毎年のように流行するインフルエンザ。
PCR検査は高精度ですが、専門機器や人員が必要で結果にも時間や費用がかかります。
一方、薬局で手に入る迅速検査(ラテラルフロー式)は手軽な反面、症状が出る前の段階では見逃しが起きやすいという弱点があります。
つまり従来の方法では、「まだ元気に動ける人が、実は感染しているかもしれない」状況を拾い上げるのが難しかったのです。
こうした中で生まれた研究チームの発想はとてもシンプルなものでした。
「複雑な測定装置の代わりに、人間の舌を使おう」というものです。
具体的には、インフルエンザウイルスが持つノイラミニダーゼという酵素に注目しました(インフルエンザウイルス「H1N1」の“N”)。
この酵素は、ウイルスが人の細胞から離れて広がるときに働き、感染者の唾液中にも存在します。
そしてウイルスはノイラミニダーゼを用いて、攻撃対象の細胞の特定の結合を切断し、感染します。
研究チームはこのメカニズムを応用しました。
開発されたセンサーは、ノイラミニダーゼが切ると“味”が出る分子として設計されています。
味の正体はチモールという成分で、ハーブのタイムに含まれる香味分子です。
チモールは普段はセンサー分子に結合されたままで味がしません。
ところが、口の中にウイルスのノイラミニダーゼがあると、これがセンサー分子の結合を切断。チモールが放出され、舌が「タイムのような味」を感じるのです。
この仕掛けで、味が出た=感染の可能性に気づけます。
さらに重要なのは選択性です。
研究チームは、センサーの糖部分(N-アセチルノイラミン酸)を化学的に工夫し、細菌由来のノイラミニダーゼでは切れにくく、インフルエンザ由来のノイラミニダーゼで切れやすいように設計しました。
つまり、「ウイルスの酵素が働いたときだけ味が生まれる」ように調整されているのです。
そしてこの効果は実験でも確かめられました。
感染者の唾液で30分以内の反応を確認
研究チームはインフルエンザ感染者から採取した唾液を用いてセンサーの反応を確かめました。
結果は明快で、30分以内にチモールの放出が確認されました。
これは日常のセルフチェックとしても現実的なスピードです。
さらに、ヒトやマウスの細胞を使った試験でも、細胞の機能に変化は見られず、細胞レベルでは毒性が見られないことも示されました。
では、この結果は私たちにどんな未来をもたらすでしょうか。
研究チームは、このセンサーをガムやトローチ、薄いフィルムなどに組み込むことを想定しています。
痛みも不快感もなく、食べる/なめるだけ。
学校や介護施設、医療現場、交通や接客の職場など、感染の広がりを早く止めたい場所での日々のセルフチェックに向きます。
味が出た人は自宅待機や確定検査(PCRなど)へ、という一次スクリーニングの役目をになえるかもしれません。
検査のハードルが下がれば、“症状が出る前に気づいて広げない”という理想に近づきます。
もちろん、課題もはっきりしています。
第一に、ヒトでの臨床試験です。
症状が出る前の段階を含め、実際の暮らしの中でどれくらいの感度・特異度で味が出るかを確かめる必要があります。
第二に、味覚障害のある人や香味に気づきにくい人への配慮です。
研究チームは、より少ない量で強く感じる苦味成分や、色が変わるタイプへの展開も検討しています。
第三に、偽陽性・偽陰性をどこまで減らせるかです。
季節や年齢、口腔環境の違いが結果に影響しないかも、実地で検証が必要でしょう。
こうした課題を残しつつも、この研究が切り開く方向は明るいものです。
「複雑な装置や操作を使わず、「舌」をセンサーにする」
そんな発想が、日常の中の検査のあり方を大きく変えるかもしれません。
参考文献
Edible sensor warns of flu by tasting like thyme
https://newatlas.com/infectious-diseases/edible-flu-sensor-tastes-like-thyme/
A step toward diagnosing the flu with your tongue
https://www.acs.org/pressroom/presspacs/2025/october/a-step-toward-diagnosing-the-flu-with-your-tongue.html
元論文
A Viral Neuraminidase-Specific Sensor for Taste-Based Detection of Influenza
https://doi.org/10.1021/acscentsci.5c01179
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部