海を見ていると、異なる種類の動物達が仲良く泳いでいる姿を見かけることがあります。
たとえば、これまでにもクジラとイルカが一緒に泳ぐ様子は世界各地で報告されてきました。中にはイルカがクジラの頭の前を引率するように泳ぐ場面も観察されています。
なぜイルカとクジラは仲良く一緒に泳ぐのでしょうか? 研究者たちはその意味や目的について長く関心を寄せてきました。
この現象を詳しく調べたのは、豪グリフィス大学(Griffith University)のヤン=オラフ・マイネッケ氏(Jan-Olaf Meynecke)ら研究チームです。彼らは世界各地で撮影されたクジラとイルカの交流シーンを集め、その行動を徹底的に分析しました。
一体クジラとイルカはどういう理由で一緒に泳いでいるのでしょうか?
この研究の詳細は、2025年8月付けで科学雑誌『Discover Animals』に掲載されています。
目次
- クジラとイルカの交流は偶然か、それとも“意図”があるのか
- 世界17か国から集まった“海の社交場”の証拠
クジラとイルカの交流は偶然か、それとも“意図”があるのか
クジラとイルカの交流は偶然か、それとも何か意味があるのか
海で暮らす大型のクジラと、小型で動きの速いイルカ。この2種類の動物が近くで行動する様子は、世界各地で漁師や観光客に目撃されてきました。
中にはイルカがクジラの頭の前に位置して、先導するように泳ぐ姿もあります。こうした光景は印象的ですが、なぜそうしているのか、その理由ははっきりとは分かっていませんでした。
これまでの研究では、同じ種の仲間同士での「遊び」や協力行動は数多く記録されています。(ここでいう遊びとは、食べ物をとることや敵から逃げることのような直接的な生きるための活動ではなく、仲間との関係を深めたり、動きや反応の幅を広げたりする行動を指す)
イルカやクジラの場合も、同じ仲間同士で水面を飛び出して回転したり、物をくわえて運んだり、仲間と押し合ったりすることがこれにあたります。
一方で、種類の違うクジラとイルカがどのように関わるのかは、これまで断片的にしか報告されていませんでした。
たとえば、ザトウクジラ(英名:Humpback whale)とバンドウイルカ(英名:Bottlenose dolphin)が一緒に魚を追い込む「共同採餌」や、イルカがクジラを追い回すような例は知られています。しかし、それが偶然なのか、それとも遊びや交流といった積極的な意味を持つのかは分かっていませんでした。
この疑問を確かめるため、グリフィス大学(Griffith University)の研究チームは、近年増えている観光客や市民による海の動画や写真に注目しました。ドローンや水中カメラのおかげで、これまでなら見逃していた行動も鮮明に記録できるようになり、SNSを通じて世界中から共有される時代になっています。
研究チームは、Facebook、Instagram、Flickr、TikTok、X(旧Twitter)、YouTubeを対象に、「クジラとイルカの遊び」や「クジラとイルカが泳ぐ」といったキーワードで検索し、2004年から2024年までの20年間に投稿された動画や写真からクジラとイルカが一緒に映っている場面を集めました。

集めた投稿は2人の研究者が確認し、どの種類のクジラとイルカなのか、どんな行動をしているのかを分類しました。同じ出来事を別の角度から撮った映像や、判別できない映像を除外すると、最終的に199件の交流イベントを分析対象としました。
行動の記録には、観察した行動を項目ごとに分類して記録する方法が使われました。イルカでは「クジラの頭の前で波に乗る」「並んで泳ぐ」「ジャンプする」「尾びれで水面をたたく」などが分類され、クジラでは「体を回転させる」「腹を見せる」「胸びれを動かす」などが含まれます。
さらにこの研究には、吸盤でザトウクジラにカメラを取り付けて撮影した映像も含まれていました。その映像からは、海面からは見えないイルカとクジラの接近や接触、水中での並走といった詳細な様子が記録されていました。
こうして集まった記録は、世界17か国で425頭のクジラとおよそ1,570頭のイルカに及びました。研究チームは、これらの行動がたまたま一緒にいただけなのか、それとも種を超えた遊びや交流の証拠なのかを見極めるため、詳細な分析を行ったのです。
世界17か国から集まった“海の社交場”の証拠
分析の結果、199件の異種間交流イベントが確認されました。
観察されたクジラは約7割がザトウクジラで、イルカはバンドウイルカが最も多く、次いでカマイルカやハラジロカマイルカが続きました。
行動の中で最も目立ったのは、イルカがクジラの頭部付近に集まり、波に乗って進む「バウライディング」です。
全体の約8割の事例でこの位置取りが見られ、イルカはクジラの頭の前で、水の流れに押されるように進んでいました。
また、イルカがクジラの横に並んで泳ぐ「並走」や、水面でのジャンプ、ゆったりとした蛇行泳ぎも多く記録されました。一方で、尾ビレで水面を叩くなどの攻撃的な行動は、全体の5%ほどしか観察されませんでした。

クジラ側も無関心ではありませんでした。
特にザトウクジラでは、体を回転させるローリングや腹見せ、胸ビレをイルカの方に向ける動きなどが見られ、これは友好的あるいは社交的なサインと解釈できると研究者は述べています。
さらに全体の約3分の1の事例では、ザトウクジラがイルカに向かってゆっくり接近したり、同じ方向へ並んで進んだりする「ポジティブな反応」が確認されました。中にはイルカをそっと押し上げるように水面へ持ち上げる珍しい行動もあり、研究チームはこれを「遊び」や「世話行動」の可能性があると述べています。
水中映像では、イルカがクジラを追って海底まで潜り、間近で泳ぎ続ける様子が確認されました。このときイルカはクジラの目の前に位置をとって視線を合わせるような動きも見られ、互いの存在を強く意識していることがうかがえました。
このような海底での接近は、船上からの観察だけでは分からなかった新しい発見です。
遊び、それとも戦略?
研究チームは、今回の交流の多くを「遊び行動」とみなしています。遊びは単なる娯楽ではなく、関係構築や感覚刺激、ストレス軽減などの役割を持ちます。
イルカにとっては、クジラの作る波に乗ることで省エネ移動ができ、刺激も得られるという利点があります。(これはイルカが船と並走する場合にも見られる部分です)
クジラにとっても、社交性や好奇心を満たす機会になっている可能性があります。
もちろん、過去にはイルカがクジラをからかうような行動や、獲物を奪うための接近も目撃されているので、常に両者が有効的なわけではないでしょうが、今回の研究は、SNSの投稿を利用することで、これまで少数の目撃報告のみで判断されていた問題を、統計的に分類し、イルカとクジラが友好的な交流をする場合が多いことを明らかにした点で大きな意義があります。
巨大なクジラと小柄なイルカが同じ海で遊ぶ姿は、人間にとっても心を和ませる光景です。海の中には、種の違いを超えて「楽しさ」を共有する瞬間があり、その一部を私たちはようやく垣間見始めたばかりなのです。
参考文献
Playtime mostly mutual activity between dolphins and whales
Playtime mostly mutual activity between dolphins and whales
https://news.griffith.edu.au/2025/08/12/playtime-mostly-mutual-activity-between-dolphins-and-whales/
元論文
Assessing social behaviour between baleen whales (Mysticeti) and dolphins (Delphinidae)
https://doi.org/10.1007/s44338-025-00099-2
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部