アライグマに家畜化の初期兆候を発見――人間が直接関与しない家畜化現象だった

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アメリカのアーカンソー大学リトルロック校(UAリトルロック)で行われた研究によって、北米の野生アライグマに、人間が意図的に繁殖させていないにもかかわらず「家畜化」の兆しが見られることが報告されました。

研究では市街地に生息する個体では、頭の長さに対して鼻先の部分が田舎の個体より平均で約3.5%だけ短いことが判明したのです。

鼻が短くなる変化は犬などの家畜動物によく見られる特徴であり、研究チームはこれを「家畜化のごく初期段階で現れるサイン」に一致する可能性があると述べています。

人間が意図的に繁殖させたわけでもないのに、都市という環境だけでアライグマの顔つきが少しずつ“ペット寄り”に動き始めているとしたら、私たちの暮らしはどこまで野生動物の進化に影響しているのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年10月2日に『Frontiers in Zoology』にて発表されました。

目次

  • 家畜化の第一歩はどこから始まるか?
  • 人間が直に何もしていなくても動物の家畜化は進行してしまう
  • 人間の住処に近づくだけで家畜化が始るとしたら?

家畜化の第一歩はどこから始まるか?

家畜化の第一歩はどこから始まるか?
家畜化の第一歩はどこから始まるか? / Credit:Canva

日本ではアライグマといえば、可愛いアニメの主人公「ラスカル」を思い浮かべる人が多いかもしれません。

ですが、北米では事情がまったく異なります。

アライグマは現地では「ゴミパンダ(trash panda)」などと揶揄され、人間が捨てたゴミを散らかすやっかいな“ゴミ荒らし”として知られています。

また犬や猫などのペットたちにとっては、エサ泥棒となっています。

動画サイトなどで、アライグマが猫や犬のエサを両手で掴んで、2足歩行で逃げ去る様子を見た人もいるでしょう。

ただアライグマからすれば、この行動は生き残り戦略として合理的です。

都市環境は大型の捕食者がほとんどおらず、生ゴミなど食糧が容易に手に入る特別な生活空間です。

ただ人間の都市空間で生活するには、人間を警戒しすぎない「大胆さ」と攻撃的すぎない「おとなしさ」の両方が求められます。

人間を恐がり過ぎるとゴミやペットのエサを盗めませんし、現在日本各地に出没しているクマのように攻撃的すぎる場合は、人間に駆除されてしまいます。

言い換えれば、人間のそばで暮らす野生動物には、恐怖心が少なく攻撃的ではないほどエサにありつけるという選択圧がかかっているのです。

この段階では人間はまだ意図的な繁殖や品種改良をしていませんが、人間のいる場所に適応するために、アライグマたちに進化の方向付けが起こっている可能性があります。

これはまさに家畜化の始まりと重なる部分が多いプロセスだと考えられます。

人間による家畜化というと、オオカミを犬に、人から見て有用なウシやウマを作り変えたように、「人が動物を捕まえて品種改良すること」を思い浮かべるかもしれません。

しかし実際には、家畜化の第一歩はもっと受動的です。

歴史を遡ると、犬の祖先であるオオカミは人の捨てた残飯を漁(あさ)ることで人里に定着し、ネコの祖先も人間の穀物倉庫に集まるネズミを狩るうちに人間の生活圏に入り込みました。

人間に「飼われる」前に、まず動物の側が人間社会に適応していったのです。

このように人間の近くで暮らすようになった動物には、種を超えて共通する不思議な身体変化のセットが起こることが知られています。

代表的なものとしては「攻撃性の低下に伴って、鼻先や頭骨が小型化し、耳が垂れたり毛色にまだら模様が現れる」というものです。

これらはダーウィンも気づいていた現象で、現在では「家畜化症候群」(家畜化にともなって一緒に現れる一連の変化)と総称されています。

たとえばオオカミから犬への変化の過程で、鼻先が小型化し脳が小さくなる他に、攻撃性の低下、耳のたれ、まだら模様の出現、さらに巻いたしっぽ、子供っぽい行動が大人になっても残る、人への恐怖心の大幅な減少、人との社会的協調能力の獲得、ホルモンバランスの変化など家畜化症候群の特徴を多く備えた存在だとも言われます。

しかし先にも述べたように、家畜化の第一歩は人間の生活環境に入り込むことから始まります。

そのため人間の生活圏に入り込んだだけの野生動物でも似た傾向が報告されています。

たとえばイギリスの都市に住み着いたキツネは田舎のキツネより吻部が短く幅広いことが確認されており、都市環境では「食べ物がゴミの山など局所的に固まっているので、鼻先が短い方が有利なのかもしれない」との指摘があります。

またスイスの農場に棲み着いた野生ネズミでは、数世代のうちに白い毛の斑点や頭骨の短縮といった家畜化症候群的な変化が増えたとの観察例もあります。

ただし、これらはいずれも局所的・短期的な事例です。

そこで今回の研究では、北米全土に広く生息し都市と自然の両方で暮らすアライグマをモデルに選び、都市生活が野生動物にもたらす進化的影響を大規模データで検証しました。

本当に都会に近づくだけで野生動物を“家畜化予備軍”へと変えてしまうのでしょうか?

人間が直に何もしていなくても動物の家畜化は進行してしまう

人間が直に何もしていなくても動物の家畜化は進行してしまう
人間が直に何もしていなくても動物の家畜化は進行してしまう / Credit:Canva

研究グループはまず、市民参加型の自然観察プラットフォーム「iNaturalist(アイナチュラリスト:生物の写真共有サービス)」から北米各地のアライグマの写真を集めました。

2000年から2024年までに投稿された10万枚超の画像から、同じ人が撮った重複を除いて約2万枚にしぼり込みました。

そのうえで「被写体が生きたアライグマである」「頭部が横から写っている」「解像度が十分で鼻先などの細かい部分が見える」といった条件を満たす写真だけを選び、最終的に249枚が解析対象となりました。

次に写真に写ったアライグマの鼻先の長さ(鼻先の先端から目頭まで)と頭骨の長さ(鼻先の先端から耳の付け根までの距離)を測定し、その比率を個体ごとに算出しました。

加えて写真ごとに撮影場所を都市度(農村〜都市までの連続指標を用い、解析では「都市」と「農村」に分類)で分類し、気候帯や緯度の情報も組み合わせて、都市環境そのものの影響を統計的に抽出しました。

その結果、都市に生息するアライグマでは鼻先が短い傾向が明らかになりました。

統計モデルによれば、気候帯など他の要因を考慮しても都市部のアライグマは、頭の長さに対して鼻先の部分が田舎の個体より平均で約3.5%だけ短いことが示されたのです。

数字上は小さな違いですが、全米レベルで一貫して確認された統計的有意な差です。

言い換えれば、都市部の環境に適応したアライグマたちに、微細ながら身体的な形態変化の兆候が現れていたのです。

では、この変化はどのような意味を持つのでしょうか。

研究チームはこの差異を、「家畜化症候群が現れ始めたサイン」である可能性があると解釈しています。

野生動物が人間のそばで暮らすことで性格がおとなしくなり、その副次的な効果で顔つきまで変わってくる現象だと考えられるという仮説です(本研究では性格そのものは直接測っていません)。

実際、鼻先の短縮は家畜化症候群の代表的な特徴であり、アライグマで見られた変化はオオカミから犬への進化過程に見られるものと共通しています。

神経堤細胞仮説に従えば、恐れが少ない個体が選ばれるということは副腎髄質(恐怖やストレスに関わるホルモンを出す部分)など恐怖を司るホルモンに関連する細胞が少ない個体を選ぶということと同じであり、それはそうした組織の細胞のもととなる神経堤細胞が少ない個体を選ぶことと同じだと考えられます。

神経堤細胞は頭や顔の骨、あご、耳の付け根、皮ふの色、そしてストレス反応に関わる一部の組織など、いろいろな場所の「材料」になる細胞ですのでその変化によって、さまざまな部位に同じような変化が起こるわけです。

都市アライグマの場合も、あくまで仮説ですが、人間への「ビビり度」が下がった個体が生き残りやすくなり、その結果として少しずつ顔つきまで“家畜寄り”に変わり始めているのかもしれません。

人間の住処に近づくだけで家畜化が始るとしたら?

人間の住処に近づくだけで家畜化が始るとしたら?
人間の住処に近づくだけで家畜化が始るとしたら? / Credit:Canva

今回の研究により、人間の暮らしに紛れ込んだアライグマの集団で家畜化初期の兆候が現れる可能性が示唆されました。

人間が手を下さなくても、野生動物が人間社会に適応する中で“自発的な家畜化”が始まる可能性を示唆した点で、この研究は意義深いものです。

実際、本研究の結果はロンドンのキツネや農場ネズミでの観察とも合致し、家畜化症候群の汎発性(はんぱつせい:種を超えて起こる普遍性)を支える知見の一つとなりました。

加えて、神経堤細胞仮説として知られる統一的なメカニズム(家畜化症候群の様々な特徴を一括して説明しうる発生学説)を支持するエビデンスの一つにもなっています。

野生動物の進化が人間の生活圏によって方向づけられることを、私たちは身近なアライグマで垣間見たのです。

論文の共著者である学生たちは現在、アルマジロやオポッサムなど他の都市野生動物でも同様の変化が見られるかを調べる追試も始まっています。

都市にすむ「ゴミ漁り仲間」たちにも鼻先の短縮が確認されれば、都市環境が幅広い種で家畜化症候群的な進化を誘発する可能性が高まります。

本研究のRaffaela Lesch(ラファエラ・レッシュ)氏も、人間の存在だけで家畜化のようなプロセスが動き出すのかを確かめたい、という趣旨のコメントをしています。

身近なアライグマで起きている変化を知ることは、都市と野生動物の関係を捉え直す手がかりになるでしょう。

ではもし「人間の住処に近づくだけで家畜化が始まる」としたら、それは私たちが思っている以上に、人間の暮らしそのものが周りの生き物を作り変えているということになります。

これまでは、家畜化といえば人間が動物を捕まえ、気に入った性質を持つ個体だけを選んで交配させる、いわば“人間のプロジェクト”として語られることが多かったと思います。

しかし今回のアライグマのように、人間は繁殖に直接かかわっていないのに、人間の近くで暮らすだけで「おとなしい性格が得をする」「その変化が見た目にもじわじわにじんでくる」ような現象が起きるとしたら、家畜化はもっと広い意味で「人間の作った環境に合わせて、野生が勝手に自分を作り替えるプロセス」と言い換えることができるかもしれません。

この視点に立つと、人間の町は単なる「動物がたまたま紛れ込んでくる場所」ではなくなります。

ゴミ箱、街灯、公園、道路、ペットフードのおこぼれ…。

都市には人間の生活がつくり出した独特のニッチ(すき間の生活空間)がいくつもあり、そのニッチごとに「ここで生き残れる性格や体の特徴」が決まってきます。

都市のアライグマやキツネが少しずつ“家畜寄り”の特徴を帯びていくのだとしたら、それは都市そのものが巨大な「自然選択マシン」として働き、野生動物に対して見えない選別をかけていることを意味します。

私たちがゴミの出し方を変えたり、緑地や建物の構造を変えたりすることは、間接的に「どんな性格と体つきの動物が生き残るか」を変える操作でもあるのです。

最近のスズメが逃げなくなった

年配の人々って「スズメはすぐに逃げる」というイメージがあるでしょうが、近頃のスズメは記憶の中に比べてかなり逃げにくくなっています。

学術研究や有志の報告書でも日本各地で1980年代後半以降、日本各地で手乗りスズメや人慣れスズメの報告が増えていることが報告されています。

もう一つの意味は、「野生」と「家畜」の境界が思ったよりもあいまいだということです。

完全な家畜になる前の“半野生”“半ペット”のような存在が、都市のあちこちで生まれている可能性があります。

こうした中間的な動物たちは、人間にとっては害獣にもなりうるし、新しいタイプの共存相手にもなりうる、どちらにも転びうる存在です。

もし人間の住処に近づくだけで家畜化の方向づけが始まるのだとしたら、私たちには「どのような野生との距離感を選ぶのか」という問いが突きつけられます。

排除するのか、それとも安全を確保しながら“都市の隣人”として受け入れるのか。

その選び方によって、これからの進化の方向も少しずつ変わっていくかもしれません。

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元論文

Tracking domestication signals across populations of North American raccoons (Procyon lotor) via citizen science-driven image repositories
https://doi.org/10.1186/s12983-025-00583-1

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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