火星への移住はもはや夢物語ではありません。
ここ数年のうちに、有人での火星探査も計画されており、いよいよ現実味を帯びてきました。
しかし人類が火星に到着できたとしても、そこにはある人体への危険性があるようです。
南カリフォルニア大学(USC)の研究チームはこのほど、火星の塵が呼吸器を通じて血流にまで入り込み、深刻な疾患を引き起こす可能性があることを報告しました。
この難点をクリアしない限り、人類が火星で持続的に暮らすことは難しそうです。
研究の詳細は2025年2月12日付で学術誌『GeoHealth』に掲載されています。
目次
- 火星の塵が危険なワケとは?
- どのように対策すべきか?
火星の塵が危険なワケとは?
私たちが普段目にする「ほこり」は、掃除機で吸い取れば済むものです。
しかし、火星の塵はそんな生易しいものではありません。
火星の地表には、直径およそ3マイクロメートルという微細な粒子が舞い上がっており、これが「火星ダスト」と呼ばれるものです。
この粒子はあまりにも小さく、人間の肺の粘液では排出できず、呼吸とともに肺の奥深くまで到達します。
実際、アポロ計画の時代にも、月の塵が宇宙服に付着して持ち込まれ、咳や目の痛みなどを引き起こしたことが報告されていました。
火星では、これと同様の事態が起こることが予想されるうえに、さらに事態は深刻です。

火星の塵には、呼吸器疾患や内臓への障害を引き起こす成分が多数含まれています。
代表的なものとして、シリカ(ケイ素化合物)、過塩素酸塩(パークロレート)、ナノ鉄酸化物、そして微量ながらも毒性の高い重金属(ヒ素、クロム、ベリリウム、カドミウム)などが挙げられます。
地球では、こうした物質に長期間さらされる職業労働者が「黒い肺病」や「珪肺症」といった病気にかかることが知られていま
このような知見から、火星ダストの吸入によって宇宙飛行士が健康被害を受ける可能性は極めて高いと考えられるのです。
さらに問題なのは、火星に滞在する宇宙飛行士たちは地球のように医療機関へすぐアクセスできないことです。
往復にかかる時間は最短でも1年、緊急搬送は現実的ではありません。
このような状況だからこそ、火星のダストがもたらすリスクを事前に理解し、備える必要があるのです。
どのように対策すべきか?
これまでの研究でも、火星の塵が肺に悪影響を与える可能性は指摘されてきましたが、今回のUSCの研究チームは、その影響のメカニズムをさらに掘り下げました。
彼らが注目したのは、5マイクロメートル以下の微粒子が肺の防御機構をすり抜け、血流に侵入する可能性です。
このような微粒子は肺胞に沈着し、血液中へ移動して全身に影響を与える恐れがあります。
特に懸念されるのは、パークロレートによる甲状腺機能の阻害 ・シリカやナノ鉄酸化物による肺の線維化 ・クロムやカドミウムによる発がん性など、多様で深刻な疾患のリスクがある点です。

チームは、地球で同様の成分に曝露された労働者たちの健康被害に注目し、それを火星環境に当てはめる形で評価を行いました。
火星の大気や土壌の成分は探査機によってある程度わかっていますが、実際のサンプル分析はまだ行われていません。
そのため、この研究は地球での毒性データに基づく予測研究として、極めて重要な意義を持ちます。
火星ダストの対策としては、 居住空間への侵入を防ぐフィルター ・静電気による付着を防ぐ宇宙服の素材開発 ・パークロレートにはヨウ素、クロムにはビタミンCといったサプリメントなどが挙げられています。
ただし、宇宙環境では副作用のリスクも深刻です。
ビタミンCの過剰摂取は腎結石のリスクを高めるため、投与は慎重に行う必要があります。
今回の研究の重要な点は「火星の塵は単に不快なものではなく、生命を脅かす危険物質である可能性がある」と科学的に示したことです。
この研究は、人類が火星に立つその日までに備えるべき課題のひとつを、私たちに強く印象づけるものと言えるでしょう。
参考文献
Should Astronauts Be Worried About Mars Dust?
https://www.universetoday.com/articles/should-astronauts-be-worried-about-mars-dust
Toxic dust on Mars would present serious hazard for astronauts
https://edition.cnn.com/2025/03/26/science/mars-toxic-dust-scli-intl/index.html
元論文
Potential Health Impacts, Treatments, and Countermeasures of Martian Dust on Future Human Space Exploration
https://doi.org/10.1029/2024GH001213
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部