物陰から突然「ワッ!」と驚かされると、みなさんはどんな反応を示すでしょうか?
おそらく、多くの人は一瞬だけ体をこわばらせるでしょうが、気絶する人まではほぼいないはずです。
しかし、世の中にはちょっとびっくりさせるだけ、体を硬直させて倒れる「気絶ヤギ(Fainting goat)」が存在します。
なぜこのヤギは気絶してしまうのでしょうか?
目次
- 驚くと倒れる「気絶ヤギ」とは?
- 原因は遺伝的な疾患にあり
驚くと倒れる「気絶ヤギ」とは?
ヤギといえば、山岳地帯を駆け回る軽快な動物というイメージが一般的です。
しかしアメリカ南部を中心に飼育されている「気絶ヤギ」は、その常識を覆します。
気絶ヤギ(英語名:Fainting goat)は、正式には「テネシー・フェインティング・ゴート」や「テネシー・ウッデンレッグ・ゴート」などとも呼ばれるヤギの一品種です。
その最大の特徴は、驚いたり強い刺激を受けたりした瞬間、全身の筋肉が突然カチカチに硬直し、その場でパタリと倒れてしまうことです。
「気絶」といっても、実際には意識を失っているわけではありません。
体の筋肉だけが数秒間固まってしまい、まるで人が転ぶようにバタンと横倒しになるのです。
実際の動画がこちら。
ただ、気絶しても別に害はありません。一時的な反応であり、すぐに元通りになります。
では、なぜ「気絶ヤギ」はこのような特異な反応を示すのでしょうか?
原因は遺伝的な疾患にあり
この現象の正体は「先天性ミオトニー(myotonia congenita)」と呼ばれる遺伝性の筋疾患です。
筋肉の収縮と弛緩をコントロールするイオンチャネル(特に塩化イオンチャネル)がうまく働かないことで、筋肉が急に強く固まり、数秒から20秒程度もとの姿勢に戻れなくなるのです。
この疾患はヤギだけでなく、ヒトや他の動物にも見られますが、ヤギの場合は特に驚いたときにこの「気絶」に似た硬直が起きやすく、結果的にコミカルな転倒行動が発生します。
気絶ヤギのこの特徴は遺伝的に受け継がれており、1880年代にアメリカ・テネシー州の農場で偶然発見された個体がルーツだとされています。
この品種は、ほかのヤギに比べるとやや小柄で筋肉質、四肢がしっかりしているなどの身体的な特徴も持っています。
本来なら「闘争か逃走か(fight or flight)」反応で素早く逃げられるはずが、気絶ヤギの場合は“第三の選択肢”として「倒れる(fall over)」が加わってしまう、というユニークな生態が生まれました。
実際にはヤギ本人は痛みもなく、しばらくすると何事もなかったかのように立ち上がってまた歩き始めます。
しかし、天敵から逃げる必要がある野生動物としてはかなり不利な特徴であり、結果として「囲い込みがしやすい」「柵を飛び越えにくい」といった点から、人間に飼育される運命をたどりました。

一方で、この品種の研究は、人間における同様の遺伝子疾患のメカニズム解明にも役立っています。
ヒトにも同じような遺伝子異常による「ミオトニー」という病気があり、医学研究の観点でも「気絶ヤギ」は重要なモデル動物とされています。
現在、アメリカでは3000〜5000頭ほどの気絶ヤギが登録・管理されており、飼育用または遺伝学や筋疾患の研究材料として世界中で注目を集めています。
参考文献
Fight, Flight, Or Fall Over: Meet The Myotonic Goat
https://www.iflscience.com/fight-flight-or-fall-over-meet-the-myotonic-goat-81267
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部
