生きていれば誰しも「退屈だな」と感じる瞬間はあります。
電車の待ち時間や、興味のない会議、長引く授業。
退屈は一時的な気分の浮き沈みと見なされがちですが、実は心の健康や社会生活に深く関わる重要な要素です。
しかし米タンパ大学(University of Tampa)の最新研究で、ADHD(注意欠如・多動症)の人々は、そうでない人に比べて「退屈を感じやすい」ことが明らかになりました。
さらに、この傾向の背景には「注意のコントロール」や「作業記憶」といった認知機能の特性が関係している可能性が示されています。
研究の詳細は2025年7月29日付で学術誌『Journal of Attention Disorders』に掲載されました。
目次
- ADHDの人ほど、退屈しやすいのか?
- 注意と記憶のはたらきが退屈感を左右する
ADHDの人ほど、退屈しやすいのか?
「退屈」と聞くと、ただ暇を持て余すだけの軽い感情のように思えるかもしれません。
しかし心理学の研究では、退屈はうつ病や不安障害、自傷行為、学業不振、労働災害の増加など、さまざまな深刻な問題と関連していることが報告されています。
つまり「退屈しやすい」という傾向は、単なる気まぐれではなく、心の健康と密接に結びついた現象なのです。
もちろん、誰でも退屈することはあります。
しかし、人によっては授業中、仕事中、あるいは日常生活の多くの場面で「退屈」を強く、頻繁に感じる傾向があります。

過去の研究から、ADHDの人々は一般的に退屈を感じやすいと報告されてきました。
ADHDは「集中が続きにくい」「気が散りやすい」といった特徴を持つ発達障害であり、そのために退屈を覚えやすいのではないかと考えられてきたのです。
とはいえ、なぜそのような違いが生じるのかについては、これまで十分に解明されていません。
今回の研究が注目されるのは、まさにこの「なぜ?」に答えようとした点にあります。
注意と記憶のはたらきが退屈感を左右する
チームは今回、アメリカ南東部の大学から115人の学生を募集し、最終的に88人を対象に調査を行いました。
そのうち31人は自己報告による診断尺度で高いADHD傾向を示し、57人はそうではありませんでした。
参加者は、現在と過去のADHD症状を問うアンケートや退屈傾向を測定する8項目の尺度に回答。
さらに、注意制御と作業記憶を調べるために6種類のコンピュータ課題を実施しました。
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注意制御は「気を散らす刺激に抵抗できるか」「集中を長時間維持できるか」「矛盾した情報を整理できるか」などを測る課題で評価。例えば、予測不能な時間差で現れる視覚的な合図に素早く反応するテストなどが用いられました。
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作業記憶は「複雑スパン課題」と呼ばれる方法で測定。これは、数字の計算や図形の対称性を判断しながら、その間に示された文字や位置の並びを記憶しておくといった内容です。
分析の結果、ADHD群は対照群に比べ、退屈傾向のスコアが有意に高く、とくに「注意を持続する力」や「妨害を抑える力」が低いほど退屈を感じやすい傾向が示されました。
研究者は「ADHD傾向を持つ若者は、自己報告式の尺度で高いスコアを示し、退屈傾向も顕著に高かった」と説明します。
その差は従来の研究結果を大きく上回っており、ADHDの人が日常的に退屈を感じやすいことを強調しました。
ただし研究には制限もあります。
サンプル数が88人と比較的小さく、自己報告に基づく測定であるため、回答バイアスの影響を受ける可能性があります。
参加者も大学生が中心で、多くが女性だったため、正式なADHD診断を受けた人全般に結果をそのまま当てはめられるかどうかは慎重に検討する必要があります。
それでもこの成果は、退屈感を「単なる気まぐれ」ではなく、注意と記憶のはたらきに関わる心理学的な特徴として捉える重要な一歩となります。
もし退屈しやすさが注意制御や作業記憶の弱さと関係しているなら、これらの能力を鍛える方法や、タスクを小分けにする工夫、達成感を得やすい報酬の導入などが、日常生活や学習・仕事での集中力を高める助けになるかもしれません。
参考文献
Why people with ADHD may get bored more easily, according to new research
https://www.psypost.org/why-people-with-adhd-may-get-bored-more-easily-according-to-new-research/
元論文
Why Are Individuals With ADHD More Prone to Boredom? Examining Attention Control and Working Memory as Mediators of Boredom in Young Adults With ADHD Traits
https://doi.org/10.1177/10870547251356723
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部