透明な海に舞う、赤や青、黄色に彩られた熱帯魚たち。まるで水中の万華鏡――でもふと疑問がわきませんか?
「こんなに目立って、敵に見つかってしまわないの?」
その問いは実はとても鋭く、魚たちの進化の歴史と深く関係しています。美しさはただの装飾ではありません。それは、生き延びるための“色彩戦略”なのです。そしてその背景には、透明な海という特殊な環境が関わっているのです。
目次
- 「あんなに目立って大丈夫?」派手な魚の疑問
- 透明な海で進化した魚たちの色彩戦略
「あんなに目立って大丈夫?」派手な魚の疑問
日本周辺の海では基本魚は地味な色をしています。
しかし透明度の高い南国の海にいる熱帯魚は、小魚までが非常に色鮮やかです。
なぜ同じ魚なのに、これほど色彩や模様が異なるのでしょうか?

大きな要因の1つは、南国の海は、太陽光が強く、水も澄んでいて光が深くまで届くため、水中でもさまざまな色がはっきり見える環境が広がっているからです。
深海や寒帯の濁った海では光が届かず、色の違いが意味を持ちません。
とはいえ普通に考えると、小さな魚が目立つ派手な色彩をしていることは生存に不利に働くように思えます。
「これほど目立っていたら、捕食者に狙われやすくなるのでは?」というのは、ごく自然な疑問です。
これについては、透明度の高い海なら派手になるというわけではなく、実際は隠れる場所が多いから目立っても大丈夫という理由があります。
例えば、アマゾンは比較的濁っていますがそこに棲む淡水魚ネオンテトラは、派手な色をしています。これは群れで生活しており比較的近距離で仲間を見つけるのに派手な色が役立つからだと考えられています。
一方、イワシなどは捕食圧が高いため、透明度の高い外洋に群れで集まって生活していても海中で見つけやすい色には進化していません。
そのため、熱帯の海に生きる魚たちは、サンゴ礁などの複雑で入り組んだ隠れ場所に支えられながら、目立つリスクを上回るだけの利点があるから派手なのだと考えることができます。

また、南国の透明な海は人間の目には美しく生命に満ちた楽園のように感じられますが、科学的に見ると「栄養が乏しい海」でもあります。
植物プランクトンの成長に必要な栄養塩は、通常陸地から川を通じて海に注がれるため、大陸から遠く離れた太平洋の真ん中は極端に栄養不足の状態です。
こうした場所では食物連鎖の出発点が限られているため、実は魚たちにとっては厳しい環境で、生き残りをかけた競争はとても激しいのです。
そうした環境では、通常の海とは異なる戦略が必要になってきます。色彩で「目立つこと」も、魚たちの重要な生存戦略の1つであり、仲間とのやりとりや、敵との駆け引きに繋がっているのです。
では具体的に、派手な体色はどんな戦略を生むのでしょうか?
透明な海で進化した魚たちの色彩戦略
まず透明な海では色彩が水中のコミュニケーション手段として機能しています。
たとえば、クマノミは縞模様の数を認識していて、同族かどうか区別しているという報告があります。
また、ミノカサゴのように毒を持つ魚は、派手な色によって自らの危険性を周囲に伝えることで、捕食されにくくなるという“警告色”の機能を果たしています。
さらにはこの有毒種にそっくりな色合いを真似ることで自らを守る“擬態”の戦術を取る魚たちもいます。
また他の魚の体表を掃除する「クリーナーフィッシュ」として知られるホンソメワケベラは、青と黒の縞模様が目印となっていますが、ニセクロスジギンポという魚はその姿と動きを模倣して、自分を掃除魚と誤解させることで捕食されるのを避けたり、勘違いして近づいてきた魚のヒレを食べるという行動を取ったります。

このように、海が透明で色が機能する世界だからこそ、それを利用した騙し合いも進化しており、水中の色彩は単なる美しさを超えた複雑な意味を帯びているのです。
すべては「見える」環境だからこそ成立する視覚に訴える戦略が、南の海では進化によって洗練されてきたのです。
さらに興味深いのは、ある種の魚たちが、成長とともに体の色を大きく変えていくことです。
たとえばスズメダイやベラの仲間には、幼魚と成魚でまったく異なる色を持つ種類が多く知られています。
幼い頃は周囲の群れや岩陰に紛れるような控えめな色合いで過ごし、やがて成熟すると、縄張りを持ち自己を主張する必要から、鮮やかな色彩へと変化するのです。
また、性別の変化に応じて色が変わる魚もいます。
ベラやブダイの一部の種類では、成長に伴って雌から雄へと性転換を行うことがあり、それにともなって体の色や模様も大きく変わります。
こうした色の変化は、その個体の社会的な立場や役割の変化を、周囲に伝えるための信号としても機能しているのです。
一方冷たい海や深海のように、光がほとんど届かない環境では、そもそも色を見せるという手段が使えません。そうした場所では、魚たちは目立つ必要もなく、地味な色を選び、視覚ではなく触覚や音、動きといった別の方法でコミュニケーションを取っています。
環境が変われば、使われる言語も変わります。もし熱帯魚が「カラフルな衣装をまとったパフォーマー」だとすれば、暗い場所の魚は「静かな舞台でしぐさを磨いた演者」と言えるのかもしれません。
派手な魚たちにとって、色は恋の武器であり、敵への警告であり、仲間への合図です。
透明な海と派手な魚――その裏にある静かな“生存のドラマ”を知れば、水族館や海の景色も違って見えてくるはずです。
元論文
Communication and camouflage with the same ‘bright’ colours in reef fishes.
https://doi.org/10.1098/rstb.2000.0676
Distance–dependent costs and benefits of aggressive mimicry in a cleaning symbiosis
https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2004.2904
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部